佃島と佃煮

●佃島
本能寺の変で織田信長を討った明智光秀は、
堺にいた徳川家康も標的としていた
逃げる家康の前に大きな川が立ちふさがる
困っていた家康を船で渡らせたのが、佃村に住む漁民だった
命からがら逃げることに成功した家康は、1603年、江戸幕府を開く
命を助けてもらった佃村の漁民を江戸に呼び寄せ、
徳川家専属の漁師として招き、現在の月島の近くに土地を与えた
彼らが住んでいた場所を佃島と名付けた
 
●佃煮
佃島の漁師は、漁で捕れた大きな魚を徳川家に献上し、
売り物にもならない小さな魚は塩水で煮て食べていた
江戸中期、庶民にも醤油が出回ると
佃島の漁師は余った魚を醤油で煮て食べるように
その醤油で煮た魚が美味しいと評判となり町で売り出し、全国に広まった
佃島で作った煮ものを佃煮と呼ばれるようになった

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