Category Archives: 人物

グレゴリー・ラスプーチン
1900年代初頭に現れた神秘的な力を使った祈祷僧
特殊な能力で人々の病気を治療したことから神の人と呼ばれた
ロシア皇帝の息子 ニコライ2世の難病を治療したことから
次第に工程を意のままに操るようになる
その横行が反感を買い、
1916年、政治家たちの手によって暗殺された
 
その後、ラスプーチンの死体を解剖した結果、
溺死だったことが判明する
 
暗殺した政治家側に記載されていたの記録によると
頭蓋骨がぶっ壊れるほど鈍器で殴打、
それでも死なないため、銃で4発も撃った
それでも死なないので、むしろに包んで川に放り投げたという

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明治18年、当時45歳の伊藤博文には、
東京、大阪、広島と全国各地に何人もの愛人がいた
特に可愛がっていた愛人が、
自宅で大工として雇っていた田村半助の娘:喜勢子
喜勢子に麻布にあった豪邸を一見丸ごとプレゼント
当時のゴシップ誌 萬朝報が、
愛人の名前、豪邸の住所を掲載
 
「伊藤よ、女遊びはたしなめてはどうか」と明治天皇に忠告されても
「私は財産や豪邸などいりませぬ。ただ公務の間に芸者の相手をするのが何よりも好き
なのです」と開き直る始末
 
記事の影響か、喜勢子が病死
博文は、まず喜勢子の妹、次女のつね子を愛人にした
さらにつね子が亡くなると父親に莫大な金品を与えて、
三女で当時16歳の雪子にも愛人になるように要求した
 
萬朝報は、父親に金をちらつかせ、
美人姉妹を次々愛人にする総理と
報じたことで日本全国に知れ渡ることに
 
明治時代の民法では、既婚男性でも相手が
未婚であれば浮気してもOKだった。既婚女性の浮気はNGだった

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●ジョン・レノンがかけていた丸メガネは、国民保険のおまけ
 
イギリスのほとんどの国民が加入していた国民保険サービス
NHS(National Health Service)
ジョン・レノンがかけていた丸メガネは、
国民保険に加入していた全員がもらえるメガネだった
このサービスで丸メガネを手に入れたのは、750万人
街に同じメガネが溢れかえっていた
 
1967年に製作された「映画 ジョン・レノンの僕の戦争」で
役作りのために無料の丸メガネをかけたことがきっかけで、
トレードマークになってしまった

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江戸時代の三大俳人:小林一茶
1816年、52歳の小林一茶は、28歳の菊と初めて結婚した
初めての結婚ということもあり、一茶は、菊に夢中
近所でも評判のおしどり夫婦だった
しかし1825年、結婚から9年後、
61歳の一茶を遺し、37歳で菊が他界
 
●妻が死ぬまで求め続けた俳人:小林一茶
1816年8月に、小林一茶がつけていた日記には、
8月8日 5回、8月12日 3回、8月15日 3回、
8月16日 3回……と夜の営みの数を記していた
若い妻を貰った一茶は、毎日 3~4回 菊を求めていた
栄養水準が低かった江戸時代、朝から夕方まで働き、
夜も眠れなかった菊は疲労困憊の末、衰弱死したと言われている
 
その後、2人の女性と結婚し、64歳で没する直前、3人目の妻を妊娠させた

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2011年にがんで亡くなったスティーブ・ジョブズは、
ティム・クックにアップル社を託した
クックは、ジョブズが好まなかったゴールドカラー製品を世に出し、幅広い層の需要の掘り起こしに成功した
そんなクックが、一から手掛けたのが、AppleWatch
様々な機能を持つAppleWatchだが、
クックが強力に推し進めているのが、ヘルスケア
歩数計機能やパーソナルトレーナーのような機能がある
アップル社は、AppleWatchに関して、下記の特許を持っている
血糖値の測定、血圧の測定、体温の測定、発汗量の測定、血中酸素濃度の測定、静脈パターンの測定、生命危機時の緊急連絡
さらにがんや心臓疾患など重大な病気の早期発見も技術的に可能となっている
実用化されればAppleWatchをつけているだけで
人間ドックに行かなくても、
持ち主の健康に異常があれば瞬時に教えてくれるようになる
 
クックは、人類の不老不死を実現しようとしている
ジョブズが生み出してきた製品には、「i」が付く
当然、AppleWatchも「iWatch」になると誰もが思っていた
AppleWatchの由来は、ギリシャ神話に登場するゴールデンアップル
食べれば不老不死が得られるといわれる果実
人類に不老不死をもたらす、ゴールデンアップルを本気で作ろうとしている
だからこそジョブズが愛した「i」の冠を外してまで名前に「Apple」を入れた
ゴールドカラーの製品を販売したのも
ゴールデンアップルを作って見せるという決意の表れではないか

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1867年、坂本龍馬は、隠れ家にしていた京都の醤油屋 近江屋で暗殺された
妻のお龍は、土佐の坂本家に身を寄せた
しかし龍馬の兄 権平からいじめられ、
耐え切れなくなったお龍は逃げるように土佐を離れた
一人で生き抜くために「京都、東京、横浜の住み込み料亭を転々
1875年、大道芸人の西村松兵衛と再婚
離れ離れになっていた唯一の肉親 妹の光枝を呼び寄せ、同居生活を始めた
そんな矢先、松兵衛の不倫が発覚
しかも相手は、妹の光枝
さらに松兵衛と光枝は、駆け落ちし姿を消した
その後、お龍は、酒浸りの日々が続き、
「私は龍馬の妻だ」を言い続け、
1906年、最期は、66歳、横須賀のあばら家で息を引き取った

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相対性理論を提唱した天才物理学者:アルベルト・アインシュタイン
●アインシュタインは、不倫を繰り返し従姉にも手を出していた
 
1919年、ドイツ ベルリン 40歳のアインシュタインは、
従姉のエルザが離婚したのを聞くと
猛アタックを開始し、妻のミレヴァに離婚を申し込んだ
拒んだ妻に、アインシュタインは、
まだ獲れてもいないノーベル物理学賞の賞金を慰謝料に、
妻に離婚を同意させようとした
賞金は、現在の価値で2億5000万円
1921年、ノーベル物理学賞を受賞
約束通りで慰謝料として妻に賞金を全額渡した
しかし、いざ離婚が成立したときには、
エルザではなくエルザの娘:イルゼに恋していた
だがイルザには拒否され、仕方なく母親のエルザと再婚した
 
その後も浮気癖は治ることなく色んな女性に手を出しまくった

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野口英世は巨額のお金を借りる借金王
お金が入ると日頃の欲求不満を解消しに
人を連れて飲み屋に行ってしまう
清国にペスト予防に行く時、
国から渡航手当96円(現在の14万円くらい)を借金の返済にあててしまった
結局、渡航の為の資金は、別の人に借金したと云う
 
野口英世は、研究のためアメリカに行きたいと考えていた
そこに斉藤ます子と婚約すれば
600万円の渡米費用を提供してくれる縁談話が舞い込んできた
英世はこれに飛びついた
その気もない婚約をし、渡米費用を手に入れた
しかし、結局は結婚には至らなかったと云う
その気もない婚約で手にした渡米費用
さらにその大切なお金をあろうことか
友人と盛大なお別れ会をし、一晩で使い切ってしまった
途方に暮れた英世が頼ったのは一人の恩師
英世に頼られた恩師は生まれて初めて
高利貸しから多額の金を借り渡米の資金を作った
 
このほかにも英世は恩人知人から
お金を借りまくり、それらはほぼ踏み倒している
小学校の校長から200円(約28万円)
アメリカで後輩から毎週30ドル(約4万円)
帰国のため友人から5000円(約700万円)
彼らは、英世の非凡な才能を見抜き
「埋もれさせてはいけない」と援助を惜しまなかった

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●ライト兄弟より先に飛行機を考えた日本人
 
それは二宮忠八(1866~1936年)
伊予国宇和郡八幡浜浦矢野町(愛媛県八幡浜市矢野町)出身
 
陸軍従軍中、1889年に鳥型飛行器を考案
カラスが羽ばたかずに飛んでいる姿を見て思いついた
1890年には、ゴム動力による模型飛行器を製作
明治24年(1891年)4月29日、3mの自力滑走の後、
離陸して10m飛行、日本初のプロペラ飛行実験を成功させた
 
明治26年(1893年)10月に、
有人飛行を前提にした玉虫型飛行器の翼幅2mの模型を作成
それはライト兄弟が初フライトを成功させる10年前
この玉虫型飛行器を飛ばすためのエンジンの費用を
工面している間にライト兄弟が先に有人飛行に成功した

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1863年、京都 新鮮組詰所
隊をまとめ上げるため、土方は局中法度を作った
掟を背いた者は、切腹
切腹したのは、39人に及ぶ
京都における新選組の死因は、
戦場での死亡よりも規律違反による処刑の方が圧倒的に多かった
 
隊士から鬼と恐れられた土方だが、とんでもない女たらしだった
関係を結んだ女性は数知れず
新鮮組のある京都だけでなく、
全国至る場所の女性と関係を結んでいた
さらにタチが悪い事に、
女性たちと遊ぶ金を遊女に負担させていたという
 
新鮮組の活動資金を援助していた小島鹿之助の下に土方から荷物が届いた
各地の女性から土方に届いた大量のラブレターを見せて、自分がモテることを証明した
この1年前に、土方から手紙が届いた
“嶋原では花君大夫、天神、一元。祇園では芸子が三人程います。北野では舞妓の君菊、小楽。大阪新町では若鶴太夫の他に二、三人もおります。北新地では沢山いて筆では書き尽くせません”
モテっぷりを証明したいために、その1年後にラブレターをまとめて送った
 
また現在の足立区加平の綾瀬川で釣りをしていただけで村中の女性が集まったという

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