Category Archives: 伝統/慣習

●歌舞伎の掛け声のプロ集団:大向こうの会はスカウト制
 
大向こうの会は、東京に3つ、大阪、名古屋、福岡にそれぞれ1つある
 
大向こうとは、舞台から最も離れた客席のこと
大向こうの会に入会すると劇場のフリーパス(門鑑)が貰える
歌舞伎の掛け声は、役者への声援だけでなく舞台演出の1つ
 
歌舞伎大向こうの会 弥生会の堀越さんは、
25歳の若さで異例のスカウトされた
幼い頃から歌舞伎が好きで、その日も客席から声をかけていた
すると休憩時間「ちょっと君!」
突然見知らぬおじいさんから声をかけられた
「君の掛け声は見どころあるよ。ぼくこういう者だけど。しょっちゅう来るんだったら うちの会長に紹介するよ」と名刺を渡された

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●成人式のルーツは、元服と裳着
 
そもそも成人式のルーツは、
奈良時代以降に行われた男性の元服、
女性の裳着と呼ばれる儀式
 
昔は12歳~16歳の間に成人を迎えたとされ、
美しく着飾って神社にお参りをしたと言われている
 
女性は振袖を着て、神社に向かったが、
より美しく、よりオシャレに見せるため
競うように着物の袖を長くした
 
そのため当初、約60㎝だった袖の長さが、
1mを超えるようになり、現在では1m15㎝が一般的になった

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日本人は古くから色に対する感覚が鋭く、
夜明けの東の空を、東雲色、
市川團十郎が愛した色を団十郎茶と表現するなど多彩
 
定式幕の緑色を萌葱色という
萌葱色は平安時代から使われている表現で
葱の萌えるような新芽の色
 
東京の地名が入った色も存在する
明治になって色んな染料が外国から入って来た
その中で緑がかったハイカラな青色を
当時の新橋の芸者に好まれたことから新橋色と名付けられた
新橋色は、ゆりかもめの新橋色のテーマカラーとして使われている
 
灰色を鼠色と表現したのは、家事の多い江戸で灰という表現が嫌われたため

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●将棋盤の裏の凹みを、血だまりと言う
その昔、対局に口を出した第三者の首を切って
ひっくり返した将棋盤を台にし、
首を置いて血を溜めたという伝説がある
 
●将棋盤の足は、くちなしの実に似ている
勝負に口を出すな、という意味が込められている
 
将棋の起源は、古代インドのチャトランガ
チャトランガが伝わった西洋にはチェス、
中国にはシャンチー、朝鮮半島にはチャンギが根付いた
「相手側から取った駒を自分側の駒として盤上に打って再利用できるルール」
日本に伝わった将棋は毒直のルールである持ち駒が生まれる

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1300年、変化することなく今に受け継がれる雅楽
世界最古のオーケストラと言われる
宮内庁式部職楽部に伝わる重要無形文化財
そんな雅楽から生まれた言葉が、いくつもある
 
・コツをつかむ
笙という楽器には、ひとつひとつ名前がついている
そのひとつにコツという音がある
薬指を伸ばさないと吹けないコツを出すのは難しい
コツを掴めるようになったとことが、
要領を得るという意味に
 
・打ち合わせ
打ちとは、打楽器のこと
管楽器に弦楽器が合わさり、
最後に打楽器を合わせてリハーサルを行った
最後のリハーサルを、打ち合わせと言った
 
・ろれつが回らない
雅楽では、メロディのことを呂律と言う
呂律が上手く演奏できない様子を ろれつが回らないと言う
 
他にも、千秋楽、楽屋、塩梅、二の舞、やたら、
音頭をとるといった言葉も雅楽に端を発する

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●一度入ったら抜け出せない八幡の藪知らず
千葉街道沿いの市川市役所前
人通りの多い街の中なのに鬱蒼とした竹藪がある
鳥居の奥には、不知森神社がある
この藪は、江戸時代の頃から、
一度入ると抜け出せないと言われ、恐れられた禁足地
江戸名所図会にも描かれている八幡の伝説の地
ほんの小さな竹藪だが、地元の人は祟りを恐れ、入ることはない
八幡の不知藪として、
出口の分からないこと、迷うことなどの慣用句にもなっている
 
●市川の名の由来
東京と千葉の境に流れる江戸川は、
かつて東国一の川と言われていた
「いちのかわ」が転じて、市川という町の名が生まれたと言われている

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江戸時代、鍵屋という有名な花火職人がいた
そこの番頭さんは あまりにも
腕が良いので独立を認め、玉屋の屋号を名乗った
 
鍵屋の守り神である鍵屋稲荷(東伏見稲荷神社)
向かって左側に鍵をくわえた狐様、
右側に擬宝珠をくわえた狐様が本殿を守っていることから、
鍵屋と玉屋という名前になった
 
隅田川の花火大会では、
両国橋よりも上流を玉屋が担当、下流を鍵屋が担当した
上流に「たまや~」、下流に「かぎや~」と叫ぶのが正しい
 
実際、“橋の上 玉屋玉屋の声ばかり”といった川柳が
詠まれるほど玉屋の人気が圧倒していた
 
ちなみに鍵屋は、(株)宗家花火鍵屋として現在も残っている
玉屋は、1843年の火事が原因で一代で廃業した

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●土用の丑の日の起源は、奈良時代
1200年前にその習慣を推奨したのが、大伴家持
万葉集に編まれた大伴家持の歌が
“石麻呂に吾物申す 夏痩せに良しといふ物ぞ 鰻漁り食せ”
石麻呂が夏痩せしていたので、
夏痩せに良いとされる鰻を獲って食べなさい、という歌
1200年前、鰻を夏に食べることを推奨した最古の人物
 
江戸時代に平賀源内が考案した説もある
商売がうまく行かない鰻屋が、夏に売れない鰻を何とか売るため源内の所に相談に行った。源内は、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。
すると、その鰻屋は大変繁盛した。その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したという説

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地主神社:中川勇 権宮司によると
●七夕の短冊は、願い事の内容によって使う色が決まっている
 
短冊の色は、白、赤、黄、青、紫の5色
童謡「たなばたさま」にも“五色の短冊…”と歌われている
 
短冊の色は、中国の古い思想である五行説に基づいている
五行説にある色に儒教の孔子が、
仁、義、礼、智、信という人間に必要な道徳を当てはめた
 
青い短冊(仁)→恋愛 結婚や恋人がほしい
白い短冊(義)→目標 ダイエットや免許取得など
赤い短冊(礼)→人間関係 家内安全や友人と仲良くしたい
紫の短冊(智)→勉強 学力アップや受験合格
黄色い短冊(信)→仕事 出世や営業成績を上げたい

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