Category Archives: 伝統/慣習

食器を持ち上げない欧米人と違い、
日本人は食器を持ち上げて食べることがマナーとされる
●日本人が食器を持ち上げて食事するワケ
平安時代、日本人は、お膳に載せて食べていた
お膳に載った食べ物と口の間に距離があるので、
食器を持ち上げて食べるように
当時、黒豆や大豆、塩辛など非常に箸で持ち上げにくいモノを
食べていたので落とさずに口まで運ぶために食器を持ち上げた
 
欧米では家が大きいため食事をするための
ダイニングルームを作ることができ、テーブルは置きっぱなし
日本では家が狭いため、食事をする場所も、
くつろぐ場所も、寝る場所も全て同じ部屋
大きなテーブルは置かずに
持ち運びがしやすいお膳で食事をするようになった
とても高価なモノだった畳に、
跡がついたり、傷つく可能性のあるテーブルは置けなかった

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●日本人が電話をかけるとき「もしもし」と言うワケ
 
日本で電話が開通した明治23年
当時の電話は、電話をかける相手ではなく電話交換手を呼び出していた
電話交換手に電話をかける相手の名と3ケタの番号につなげるようにお願いし、
電話交換手が相手を呼び出して、かけてきた人とつないでいた
 
当時は電話の数が非常に少なく、電話を持つことができたのは
高級官僚や大商人のような身分の高い人だけだった
そのため電話交換手は、身分が高い相手を呼び出すとき、
相手に失礼がないように用件を伝える前に「申し申し」と言った
「申し上げます」と同じ意味の
言葉として使われていた「申し」を繰り返して使っていた
「申し申し」は、徐々に簡略化され「もしもし」に
その後、庶民も電話を使うようになり、
電話交換手が「もしもし」と言っていたので電話をかける時に
「もしもし」という言葉が広まっていった

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多くの人が勘違いしているが、ヨー!タンは、一本締めではない
 
●一本締めと三本締め、一丁締めの違い
一本締めは、ヨー!タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン
ヨー!タンは、一本締めではなく一丁締め
気の短い江戸っ子が、一本締めを省略したもの
 
一方、三本締めは、
ヨー!タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン
ヨ!タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン
ヨ!タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン
と一本締めを三回繰り返すのが、三本締め
 
●一本締めと三本締めの使い方
一本締めは、顔馴染みの仲間だけが集まる会で行う
三本締めは、客を招いた場で行うのが正しい
三本締めの場合、1回目は自分たち仲間に向けて、
2回目は会に来てくれた客に向けて、
そして3回目は会に来られなかった欠席者に向けられる意味がある

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レディーファーストは、ドアを通る時、椅子に座る時などに、
淑女あるいは貴婦人を尊重して優先する欧米のマナーや習慣
 
●レディーファーストの起源
 
一説によると、中世ヨーロッパで
男性が暗殺から逃れるために、ドアを開けた時に、
あえて女性を盾にして先に行かせて
自分の身を守ったことが習慣化し、現代の意味に転じた

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●プロの将棋の対局中には、おやつの時間がある
 
将棋の対局中には、15時におやつの時間が
スケジュールとして組み込まれている
おやつの時間は、休憩時間ではなく、対局中に食べる
おやつの種類は、棋士たちがリクエストする
例えば、羽生善治はマドレーヌに紅茶
森内俊之 九段は、毎回 山盛りのフルーツ盛り合わせ
糸谷哲郎 八段は、ケーキ、フルーツ、レモンティー
 
プロの棋士による対局は、非常に時間がかかる
脳のエネルギーとなる糖分を補うため、
長時間に及ぶタイトル戦では、
棋士のリクエストに応えた おやつを15時に出すルールがある

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童謡「春の小川」のモデルとなったのは、
渋谷の地下を流れる渋谷川の支流、河骨川
代々木八幡の駅の付近に碑がたっている
 
今、日本人が日本語を話せるのは、「春の小川」のおかげ
●日本の英語化計画を食い止めた「春の小川」
江戸時代、300もの藩があり、
それぞれ独自の方言を持っていた
明治時代、廃藩置県で藩の垣根がなくなったが、
まだ日本語には標準語がなく、
日本人同士でも会話が成立しなかった
薩摩弁の大山巌と会津弁の捨松の夫婦生活は、
お互いの言葉が通じず、会話は英語で行われていたという
いっそのこと日本を英語で統一しよう、という話が上がるほど
 
童謡「春の小川」は方言を無くし、
標準語を広めるために作成された歌
 
「春の小川」には、サ行が多用されている
方言の多くは、「さしすせそ」と言えずに
「しゃししゅしぇしょ」と言う
サ行が言えない人を「春の小川」が標準語に矯正し、
日本の英語化計画を食い止めた

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●お会計とおあいその違い
おあいそは、本来 店員から店員に使う言葉
客が「おあいそ」と店員に言うのは間違い
「おあいそ」とは「お愛想」のこと
江戸時代、芸者がいる料亭で使われていた言葉
客が帰る際に、芸者がその料亭の女将に
「最後にお客さんに挨拶して愛想をふってください」
という意味で「おあいそお願いします」と使っていた
「おあいそ」は店員から店員に使う言葉
その女将が、おあいそをするときにお会計も一緒にするので
いつしか「おあいそ」が「お会計」という意味になった
 
●あがり
あがりも芸者がいる料亭で使われていた言葉
声がかかった芸者が、お茶を持ってお座敷にあがることから
声がかかった人のことを「おあがりさん」と呼ばれるように
その後、お茶自体のことを「あがり」と呼ぶようになり
それを聞いた客もお茶を「あがり」と言うようになった

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浮世絵師:葛飾北斎の様々な富士山を描いた富嶽三十六景
中でも有名なのが、「赤富士」
実は「赤富士」は通称
北斎が名付けた正式名称は、「富嶽三十六景・凱風快晴」
●北斎の赤富士の赤は、他人が勝手に塗り替えた
元々の色は、ほぼ白
 
浮世絵は、デザインを元に彫り師が版木を作製
版木は、それぞれの色ごとに作られる
そして擦り師によって色を擦り重ね、色をつけていく
 
赤富士の富士山を赤く塗ったのは、版元
浮世絵師に仕事を依頼して販売する版元
版元は、絵師に許可なく勝手に色を変えても良い権限を持っている
初ずりと呼ばれる最初の200枚までは浮世絵師の指示通り作製するが、
そのあとは、版元の判断で塗り替えることができた

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モアイ像で有名な絶海の孤島:イースター島は、
文字のない時代、
●イースター島のコミュニケーションや伝承は あやとりで行われていた
 
あやとりの様々な形に意味があり、文字の代わりに、
あやとりを お互いのコミュニケーションに使っていた
体を使って覚えるあやとりは、
子供への教育や生きていく上の知識を伝えるのに最適な手段だった
 
●あやとりは日本発祥ではない
モンゴロイドを祖先に持つ環太平洋圏に残っている文化
そのためオーストラリアのアボリジニも
ネイティブアメリカンも あやとりを使う

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♪せっせせーのよいよいよい アルプス一万尺
♪コヤリの上で アルペン踊りを さあ踊りましょう
 
●童謡「アルプス一万尺」のコヤリとは?
 
日本山岳協会:八木原國明によると
童謡「アルプス一万尺」のアルプスは、日本の槍ケ岳のこと
山の標高は、3180m
1尺=約30.3㎝なので1万尺は、約3030mのこと
 
槍ヶ岳の山頂部分は、尖っている槍に似ていることから大槍と呼ばれている
その少し手前の尖った部分を小槍と呼ばれている
 
コヤリは、断崖絶壁の超危険な場所
間違いなくアルペン踊りは、踊れない
 
この曲は、元々古いアメリカ民謡で独立戦争の時にも歌われた曲
日本に伝わったのち、登山家たちが冗談で替え歌にしたモノが
童謡「アルプス一万尺」として世に広まった
 
良く歌われる歌詞は1番で、29番まで存在する

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