Category Archives: 発祥/起源/きっかけ

レディーファーストは、ドアを通る時、椅子に座る時などに、
淑女あるいは貴婦人を尊重して優先する欧米のマナーや習慣
 
●レディーファーストの起源
 
一説によると、中世ヨーロッパで
男性が暗殺から逃れるために、ドアを開けた時に、
あえて女性を盾にして先に行かせて
自分の身を守ったことが習慣化し、現代の意味に転じた

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大阪大学:小倉明彦 教授によると
●ベーグルは、ユダヤ教の厳しい戒律でも食べられるために開発された美味しくないパン
 
ベーグルは、元々ユダヤ人の民族食
迫害を受けてきたユダヤ人にとって
敵が来た時に身一つで逃げられるように
持ち運びが便利な小さくて硬くて
潰れないパンとして作られたもの
 
さらにユダヤ教は戒律が厳しく、
乳製品と肉を一緒に食べてはいけない
そこで卵とバターを使用しない、
味が二の次のベーグルが作られた

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●日本の「にほん」と「にっぽん」の由来
日本と表記するようになったのは、飛鳥時代
当時の日本人は、「にほん」や
「にっぽん」ではなく「やまと」と呼んでいた
日本書紀には「日本と書いて これ 耶麻騰(やまと)と云う」と書かれている
平安時代になると中国との遣唐使による国交が盛んになる
当時の中国人は、「日本」という漢字を
「日」を「ニェット」、「本」を「プァン」と発音していた
「ニェットプァン」と呼ぶ中国人の発音を聞いた遣唐使が
日本に持ち込み、のちに「にっぽん」と転じるように
 
「にほん」という呼び方が広まったのは、江戸時代になってから
江戸時代の学者:本居宣長が
国名の由来についてまとめた書物「国号考」には、
“新たに にほんという”と記されており、
江戸時代は、「にほん」と呼ばれていた
●「にほん」は早口な江戸っ子によって生まれた
「にっぽん」を江戸っ子たちが
早口で話すうちに「にほん」に簡略化された
大坂を中心とする西の地域では「にっぽん」、
江戸を中心とする東の地域では「にほん」と呼ばれていた
なので大阪にある日本橋は「にっぽんばし」
東京にある日本橋は「にほんばし」と呼ばれている
 
●国の呼び方が2つある「にほん」「にっぽん」論争問題
1934年、岡田啓介内閣の時、国の呼び方を
「にっぽん」に統一しようと政府に提出されたが、
このときには、まとまらなかった
1970年、佐藤栄作内閣の時、大阪万博開催の前に
国の呼び名を再び「にっぽん」に統一しようと
国会で議論されたが、結論は出ず
2009年、麻生太郎内閣の時、「にほん」と「にっぽん」、
どちらか一歩に統一する必要はないと結論づけた

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●野球のエースピッチャーのエースは、トランプのAのことではない
エースは、1860年から活躍し、アメリカで
年間65勝をあげた大投手エーサ・ブレイナードが由来
良い投手を、まるでエーサのようだと
例えたことから、エースのようだに転じた
 
●フォークボールの名の由来
バッターの前でストンと落ちる変化球フォークボールの名の由来は、
投げるときに指を大きく開き挟む形が、食器のフォークに似ているから
 
●甲子園球場の観客席アルプススタンド
白いシャツを着た生徒たちが観客席を埋め尽くしている様子が
雪に覆われたアルプス山脈に見えたことから名付けられた

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どちらも同じ意味だが、
首相は、中国にならった呼び名で
総理は、日本で作った呼び名
 
江戸時代、日本に外国人がやって来た時、
「そなたの国では誰が政治を行っている?」
「プライムミニスター」と答えた
自分の国で政治を行うトップをプライムミニスターと呼んでいた
それを日本語に訳す際、昔から中国で
使われていた政治を行うトップをさす首相という言葉を当てはめた
 
首相は、外国の政治のトップの人
プライムミニスターを指す言葉
 
その後、明治時代となり、外国にならって内閣が作られた
そして内閣のトップの呼び名を決める時、首相にしようとしたが、
首相は外国の政治のトップという意味があったので
その呼び名に反対する者が多くいた
 
そこで生まれたのが、内閣総理大臣という呼び名
内閣の総てを理める、という意味
昔から使われていた大臣を付けた日本独自の呼び名
 
戦後の国際化に伴い、国のトップ同士が会談する時、
他国のトップが首相と呼んでいるのに、
日本は総理と呼んでいるのでは分かりにくい
そこで日本でも首相という呼び名が徐々に使われるようになり、
現在、2つの呼び名が存在する
公の場では内閣総理大臣と呼ばれている

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五目寿司は、江戸時代初期に備前岡山藩 藩主 池田光政が、
一汁一菜令を出したのが、始まり
それは、食事は一食につき白米などの主食、
汁物一品、おかず一品にしなければならないという倹約令
しかし満足できな庶民は、煮椎茸、かんぴょう、ニンジンを
目立たないように刻んでご飯に混ぜて食べるように
それが岡山名物 ばら寿司となる
その後、全国に広がり、いろんな具材を酢飯に混ぜ、
たくさんという意味の五目寿司と呼ばれるようになった
 
ちらし寿司は、江戸時代後期に寿司屋の職人が
魚の切れ端や使わない部分を酢飯の上に乗せて、
まかないとして食べたのが始まり

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1700年代、フランス、
当時の戦争は、戦力と同じくらい情報戦が大切
ナポレオンは、口頭で指示を出し、
部下が鉛筆で書きとめることで
伝令のスピードを速くし、戦いは連戦連勝、破竹の勢い
すると黒鉛の産出国イギリスから黒鉛の輸出を止められる
黒鉛に硫黄を混ぜてかさ増しを試みたが、ポキポキ折れやすい
 
困ったナポレオンは、折れない芯を作るために
天才科学者二コラ=ジャック・コンテに命じる
気球を使った航空部隊や黒鉛で作る大砲を研究、
後の画材であるコンテもこの人物が語源
コンテは、大砲の弾と同様に黒鉛に
粘土を混ぜて焼き固め、折れない強い芯を作ることに成功
 
粘土を混ぜて焼き固める方法は、
現代でも使われている画期的な製法だった
 
1800年代のドイツでは、
芸術家や貴族に便利な鉛筆は大人気だった
あのベートーヴェンも鉛筆と楽譜を持ち歩き、
何かひらめいた時に、どんな場所でも書けるようにしていた
しかし高価で一般人は買えない
そこで六角形の形や長さを決めて大量生産し、
世界最古の鉛筆メーカー ファーバーカステル社が現代で使われる鉛筆を開発

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鉛筆の芯は、黒鉛で出来ている
黒鉛は石炭が火山活動で変化した塊
 
1550年代、イギリスで羊飼いが偶然発見し、
自分の羊に印をつけるために
黒鉛に羊の皮を巻いて紐で縛り使用された
 
羊飼いが見つけた黒鉛の噂を聞き付けたエリザベス1世は、
ヨーロッパ中に輸出し、
大儲けしたイギリスは、大国へと成長する
 
その後、鉛筆は形を変え、
オランダの商人が献上し、日本の徳川家康の下に渡る

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●学ランの襟に白いカラーを付けるのは、シャツを着ていなくても着ているように見せ
るため
 
学ランは、東京大学の前身 東京帝国大学が、
明治19年に取り入れた制服が起源と言われている
 
当時は、襟元にカラーはなく中にシャツを着ていた
しかし昭和20年頃、終戦直後とあって
家庭の経済状況は非常に貧しかった
シャツを購入できたのは、一部の裕福な家庭のみ
襟元を見れば裕福か貧乏かが、一目瞭然だった
そこで開発されたのが、シャツを着ていなくても
着ているように見せられるカラーだった
 
カラーによって見た目で区別がつかなくなり
学生は外見を気にせず学校に通えるように
 
現在は、襟元の補強としての役割がある
カラーを外す不良生徒が増えたため、
学ランの約9割は襟にカラーが埋め込んだタイプになっている

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●氷河に覆われ緑が少ない島が、グリーンランドと名付けられたワケ
 
大部分が北極圏に属し、
島の約80%以上は氷床と万年雪に覆われているグリーンランド
巨大なフィヨルドが多く、
氷の厚さは3000m以上に達する所もある
 
982年頃、アイスランドのバイキングで
殺人を犯した赤毛のエイリークが、
追放の旅の最中に島を発見した
赤毛のエイリークは、入植を促すために
氷河に覆われた島をグリーンランドと名付けた
アイスランドに帰還後、グリーンランドへ植民する仲間を募る
伝承では985年に25隻の船で出発し、
14隻が辿りついたとされている
 
逆に緑が多くあるアイスランドは、
その名前のために入植者が集まらず、人口が少ない

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