Category Archives: 言葉/語源

鮭には、シャケとサケの2つの呼び方がある
シャケはサケから生まれた言葉ではなく、
全く別々に生まれた呼び方で、どちらが正しいワケでもない
 
●先に生まれたのは、サケ
平安時代に作られた延喜式という法令集には、
伊豆はサケの干物を120匹 納めなければならないと書かれている
平安時代には、サケが一般的だった
鮭の由来は、鮭の身が裂けやすいため
 
●シャケは、江戸時代から使われ始めた
アイヌ語で鮭を意味する言葉が、変化してシャケになったと考えられている
北海道で暮らしていたアイヌ人は、鮭を食べ、鮭の皮で服や靴を作っていた
アイヌ人は、鮭をシャケンベと呼んでいた
江戸幕府とアイヌ人は、鮭と米を交換する交易をはじめ、
江戸の町に大量のシャケンベが届けられた
その後、シャケンベのシャケだけをとり、シャケと呼ばれるようになった

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●丁寧は、中国の楽器が由来
丁寧は、元々 中国で戦うときに使われた楽器で
注意を払うために鳴らされた
その後、ぬかりなく物事を細かいところまで
気を配る意味として使われるように
 
●ギョッとするは、中国の楽器が由来
敔(ぎょ)は、虎の形に似せた楽器
背中の凹凸を竹でこすると、驚くほど大きな音が出る
あまりにも大きな音がするので
みな驚くことが由来と言われている

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●1ヶ月の「ヶ」は、カタカナの「ケ」ではない
 
元々、1ヶ月は、中国で「一箇月」と書かれていた
それが日本に伝わり、日本で「1ヵ月」と「1ヶ月」が誕生した
「1ヵ月」は「箇」を片仮名の「カ」と読み、形を変えた
 
「1ヶ月」の「ヶ」は、「箇」の「竹冠」の「竹」を省略した「ケ」
昔 中国で「箇」は画数が多く、
書くのが面倒と省略して書き始めたと言わている
「1箇月」とは別に「1ヶ月」が日本に伝わった

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●食パンの名の由来
 
日本にパン屋ができた明治時代、美術学校の近くパン屋では、
焼き立てのパンは、食べるために販売し、
焼いてから時間の経ったパンは、
木炭デッサンを消すためのパンとして安く販売していた
 
しかし木炭デッサンを消すためのパンを
食べるパンと勘違いして購入する人が増え、クレームが続出
 
そこで2種類のパンを区別するために
消す用のパンを「消しパン」
食べるためのパンを「食パン」と名付けた

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縦、横、高さを3㎝角に切った豆腐を「奴(やっこ)」と呼ぶ
江戸時代、大名行列の先頭にいた毛槍を振り歩く人を
奴(武家の召使)と呼んでいた
奴は、大名行列の先頭と分かるように四角い紋の羽織を着ていた
その四角い紋の内側が、3cm角だったため、
3㎝角に切られた豆腐を奴と呼ぶようになった
 
したがって3㎝角以外の豆腐は、奴ではない
 
また一説によると、ひゃっこい(冷たい)が転じたものとも言われている

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草むしりをしても雑草はすぐに生えてくる
●熱湯をかけるだけで雑草は生えない
植物などは、土の温度が60℃以上になると枯れることが多い
 
●雑草という言葉は日本で生まれた
雑草という言葉は明治45年(1912年)
世界でもっとも早く、日本で誕生した
その後、1915年にドイツでun kraut(作物でないもの)
1917年にアメリカでweed(雑草)が生まれた

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●武士と侍は、同じ意味ではない
 
刀や鎧で武装した人を武士、武士の中でも誰かに仕えている人を侍という
 
平安時代、都は京都にあった
地方に住んでいる豪族たちが、土地を巡って争いをするようになった
豪族たちは、家来を武装させて戦ったり守ったりした
その人たちを武士と呼んでいた
 
その後、都に入って権力のある貴族に使える武士が出て来た
仕えることを当時「さぶらう」と言っていた
「さぶらう」は漢字で「侍う」と書き、その後「侍」となった
 
鎌倉時代になり源頼朝のような武士が権力を握る武家社会になった
それまでは貴族に仕えていたのが侍だったが、
身分の高い武士に仕える侍が出て来た
 
戦国時代を経て、江戸時代になると
武士のほとんどが誰かに仕えていたので
武士と侍が区別されず同じ意味として使われるようになった

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●とどのつまりのとどは、ボラよりも大きい魚
 
トドとは、出世魚
3、4㎝のオボコ:丸くて可愛いことを「オボコい」という
スバシリ
30㎝くらいをイナ
50㎝くらいをボラ
中には、60、70㎝とかなり大きくなるボラがいる
これ以上大きくならないのをトドという
これ以上大きくならないが、結局のところまで意味が拡大した

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●「イカサマ」の語源は、イカ墨
 
イカサマとは、インチキをするという意味
昔、イカ墨で文字や絵を描いていた
イカ墨は、書いた直後は黒いが、徐々に薄くなり茶色になる
茶色になることをセピアという
コウイカの学名は、セピア・エスクレンタという
 
昔、茶色い紙に書かれた借用書の名前
イカ墨で書かれた名前は、徐々に茶色に変化し、紙の色と同化
色の変化を利用して、借りた金をだまし取ることから
時間が経つと茶色になるイカ墨を「イカサマ」と呼ぶようになった

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●妻、嫁、奥さん、家内、カミさんの適した使い方
 
大東文化大学 准教授 山口謠司によると
日本最古の歴史書 古事記に
“私の名はアシナヅチといい、妻の名はテナヅチという”と記されている
奈良時代には、婚姻制度はなかったので
当時は親に認められ共に生活する女性のことを妻と呼んでいた
明治時代になると現在の婚姻制度が確立
結婚する女性のことを正式に妻と呼ぶようになった
 
1257年頃、鎌倉時代に書かれた名語記に、
”子息が妻をよめとなつく”と記されている
意味は、息子の妻を嫁と名付ける
この頃から男性の両親が、息子の妻のことを嫁と呼んでいた
息子と一緒に住むようになった女性のことを
男性の両親が近所の人に「良い女が来てくれた」と言っていた
当時「女」は「メ」と発音していた
「良い女」の「よいめ」が省略されて「よめ」となった
嫁は息子の妻という意味
 
平安時代、身分の高い貴族は、妻以外に
食事など身の回りの世話をする女性を屋敷に住まわせていた
その使用人の女性が住んでいる部屋を「女房」と呼んでいた
いつしか使用人の女性のことも女房と呼ぶようになった
女房は、使用人の女性という意味
 
1562年、室町時代に書かれた北条幻庵覚書に
“きんねんざとうと申せば いづれも おくがたへ参候”と記されている
おくがたは、奥の方の部屋を表す言葉
室町時代、身分の高い屋敷の主は、妻を屋敷の奥の方に住まわせていた
奥に住む主の妻を、敬意を込めて「奥方」と呼ぶようになった
その後、奥方が変化し、奥様、奥さんと呼ぶようになった
奥さんとは、奥の方の部屋にする他人の妻のことを指す
 
明治時代、日本に会社制度が誕生
男性は家の外に出て会社で働き、
女性は専業主婦として家の中を守るという家族が増えた
家の外で働く男性が、妻を家の中にいる人という意味で「家内」と呼ぶようになった
家内は、家の中という意味
 
カミさんは、目上の人を表す「上様」が変化した言葉
カミさんは自分よりも偉い人を指す言葉

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