Category Archives: 言葉/語源

●ビフテキはビーフステーキの略語ではない
 
ビフテキは、フランス語のビフテックが
由来とされるが有力
 
bifteckは、ステーキ用の肉を意味する
 
●割り箸の語源は、割る箸ではない
箸を割るではなく、木や竹を割って作る箸が語源

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●ネギトロは葱もトロも関係ない
 
ネギトロのネギはネギのことではない
ネギトロのトロもマグロのトロのことではない
 
そもそもネギトロは、捨ててしまうマグロの中落ちを使い、
寿司職人のまかないとして誕生した
 
身を骨の周りから削り取ることを「ねぎ取る」と呼んでいた
ネギトロの由来は、「ねぎ取る」
 
元々建築用語で地面より下を掘ることを「根切り」と呼んでいた

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●明日の「あす」と「あした」の意味は違う
 
「あす」の意味は、次の日
「あした」の意味は、次の日の朝を指している
 
昔、昼間を中心とした時の表現方法と夜間を中心とした時の表現方法があり、
「あした」は、夜間を基準にした「ゆうべ」
「よい」「よなか」「あかつき」「あした」の最終部
 
夜が終わり、明るくなってしばらくの間のこと
 
次の日の朝を「あした」と表現していたが、
徐々に次の日の朝の「朝」が省略され、次の日に広がり、
「あす」と同じ、明日という漢字を当てられた

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肉を売る店は、肉屋、魚を売る店は、魚屋
●野菜を売っている店を野菜屋と言わずに八百屋というワケ
 
名古屋大学 町田健 教授によると
昔はビニールハウスがなかったため
季節や天候の影響を大きく受け、
一年中、野菜を収穫することができなかった
 
そのため野菜の他に、シイタケのような乾物、
木の実、卵、海藻など数多く売っていた
 
数が多いという意味の八百を用いて、
店を八百屋と呼ぶようになった

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●ごまかしの語源は、江戸時代に流行った胡麻のお菓子
 
江戸時代のお菓子 胡麻胴乱
 
小麦粉に胡麻を混ぜて水で捏ねて焼いて膨らませたお菓子
 
胡麻の良い香りはするが、
中が胴乱のように空洞になっている
 
その後、見かけは良いが、中身がない見かけ倒しのことを
「ごまかし」と言うように
それが転じて、だまして人目を欺く意味に
漢字で誤魔化すと書くのは、当て字

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●「どんぶり」を「丼」と書く理由
 
丼は、元々 井戸の中に物を投げた時の音「ドブン」が語源
 
大きな器にご飯を投げ込むようによそうことから
ご飯ものの器自体も丼と呼ばれるようになった
 
職人などが着用する腹掛けの、前部につけた物入れのことも指す
丼勘定は、それに由来する
●さようならの語源は、そのようであるならば
 
そのようであるならば→さようならば→さようなら

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●「おみおつけ」は「お味噌汁」の超丁寧語
 
お味噌汁とおみおつけは同じ
おみおつけは、お味噌汁の丁寧語
 
元々、室町から江戸時代にかけて味噌汁は、
ご飯の横に付けて出すことから「御付け」と呼ばれていた
 
おみおつけを漢字で書くと「御御御付け」
昔、たくさんの具が入ったお味噌汁は貴重で、
宮中に仕える女官たちが感謝の意を込めて、
過剰に御を2つも付けるようになった

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●魚の切身を「刺身」と呼ぶようになったワケ
 
昔、魚を切ると魚の種類が分からなくなるので
エラやヒレを切身に刺して分かるようにした
 
また切身は、腹を切るを連想すると武士が嫌がったため
 
関西では、原則として鯛などの海の物に限られているが、
魚を切る事を「作り身」といい、
それに接頭語を付けた「お造り」という言葉が生まれたとされる

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現代でも警察官を お巡りさんと呼ぶが、
●お巡りさんは、江戸の治安を守った新徴組が語源
 
お巡りさんは、御身廻りが転じた言葉
御身廻りとは、新徴組の見廻りのこと
 
江戸庶民は江戸の治安を守る新徴組を頼りにしていた
 
江戸で将軍上洛の警護を目的とした
浪士組結成募集が行われ、京都へ上洛した際に、
清河八郎より将軍上洛の警護でなく尊王攘夷の先鋒を唱える。
同意した者は清河八郎に率いられて江戸に戻るが、
同意できなかった近藤勇や芹沢鴨など24名は袂を分かち
壬生浪士組を経て新選組を旗揚げすることになる
清河が暗殺されると幕府は浪士組を新徴組として再組織し、
元治元年(1864年)に庄内藩酒井家の御預かりとなり、
江戸を見廻り、秩序を乱す者を取り締まった
 
当時謳われた江戸歌謡
“酒井なければお江戸は立たぬ お廻りさんには泣く子も黙る”
 
見廻りは、朝8時から夜12時に過ぎまで街道の入り口や盛り場を重点に廻っていた

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