Category Archives: 言葉/語源

●武士と侍は、同じ意味ではない
 
刀や鎧で武装した人を武士、武士の中でも誰かに仕えている人を侍という
 
平安時代、都は京都にあった
地方に住んでいる豪族たちが、土地を巡って争いをするようになった
豪族たちは、家来を武装させて戦ったり守ったりした
その人たちを武士と呼んでいた
 
その後、都に入って権力のある貴族に使える武士が出て来た
仕えることを当時「さぶらう」と言っていた
「さぶらう」は漢字で「侍う」と書き、その後「侍」となった
 
鎌倉時代になり源頼朝のような武士が権力を握る武家社会になった
それまでは貴族に仕えていたのが侍だったが、
身分の高い武士に仕える侍が出て来た
 
戦国時代を経て、江戸時代になると
武士のほとんどが誰かに仕えていたので
武士と侍が区別されず同じ意味として使われるようになった

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●とどのつまりのとどは、ボラよりも大きい魚
 
トドとは、出世魚
3、4㎝のオボコ:丸くて可愛いことを「オボコい」という
スバシリ
30㎝くらいをイナ
50㎝くらいをボラ
中には、60、70㎝とかなり大きくなるボラがいる
これ以上大きくならないのをトドという
これ以上大きくならないが、結局のところまで意味が拡大した

(5)

●「イカサマ」の語源は、イカ墨
 
イカサマとは、インチキをするという意味
昔、イカ墨で文字や絵を描いていた
イカ墨は、書いた直後は黒いが、徐々に薄くなり茶色になる
茶色になることをセピアという
コウイカの学名は、セピア・エスクレンタという
 
昔、茶色い紙に書かれた借用書の名前
イカ墨で書かれた名前は、徐々に茶色に変化し、紙の色と同化
色の変化を利用して、借りた金をだまし取ることから
時間が経つと茶色になるイカ墨を「イカサマ」と呼ぶようになった

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●妻、嫁、奥さん、家内、カミさんの適した使い方
 
大東文化大学 准教授 山口謠司によると
日本最古の歴史書 古事記に
“私の名はアシナヅチといい、妻の名はテナヅチという”と記されている
奈良時代には、婚姻制度はなかったので
当時は親に認められ共に生活する女性のことを妻と呼んでいた
明治時代になると現在の婚姻制度が確立
結婚する女性のことを正式に妻と呼ぶようになった
 
1257年頃、鎌倉時代に書かれた名語記に、
”子息が妻をよめとなつく”と記されている
意味は、息子の妻を嫁と名付ける
この頃から男性の両親が、息子の妻のことを嫁と呼んでいた
息子と一緒に住むようになった女性のことを
男性の両親が近所の人に「良い女が来てくれた」と言っていた
当時「女」は「メ」と発音していた
「良い女」の「よいめ」が省略されて「よめ」となった
嫁は息子の妻という意味
 
平安時代、身分の高い貴族は、妻以外に
食事など身の回りの世話をする女性を屋敷に住まわせていた
その使用人の女性が住んでいる部屋を「女房」と呼んでいた
いつしか使用人の女性のことも女房と呼ぶようになった
女房は、使用人の女性という意味
 
1562年、室町時代に書かれた北条幻庵覚書に
“きんねんざとうと申せば いづれも おくがたへ参候”と記されている
おくがたは、奥の方の部屋を表す言葉
室町時代、身分の高い屋敷の主は、妻を屋敷の奥の方に住まわせていた
奥に住む主の妻を、敬意を込めて「奥方」と呼ぶようになった
その後、奥方が変化し、奥様、奥さんと呼ぶようになった
奥さんとは、奥の方の部屋にする他人の妻のことを指す
 
明治時代、日本に会社制度が誕生
男性は家の外に出て会社で働き、
女性は専業主婦として家の中を守るという家族が増えた
家の外で働く男性が、妻を家の中にいる人という意味で「家内」と呼ぶようになった
家内は、家の中という意味
 
カミさんは、目上の人を表す「上様」が変化した言葉
カミさんは自分よりも偉い人を指す言葉

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中国に渡って仏教を学び、帰国後、
天台宗の開祖となった最澄が開いた比叡山
 
その比叡山にある延暦寺には、
1200年もの間 燃え続ける不滅の法灯がある
 
毎日 朝夕に燃料の菜種油を絶やさないように足し続けている
気を抜くと燃料が断たれ、火が消えてしまう
 
これから生まれた言葉が、油断大敵

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●お刺身とお造りは、どちらも同じ料理
お刺身は、関東で生まれた言葉
お造りは、関西で生まれた言葉
 
生の魚を切ったモノを切り身と言っていた
江戸時代、切るという言葉が縁起が悪く、嫌われた
その語源は、調理した魚の身に、その魚のヒレを刺して盛りつけたから
 
京都では公家文化が長かったため、
切り身や刺し身などの江戸の言葉があまり受け入れられなかった
京都は、海から遠く生魚が傷みやすかった
そこで昆布で包む昆布締めや、
熱湯を皮目にかけて殺菌する調理法でひと手間かけて造っていた
このひと手間かけて造ることから、お造りという言葉が生まれた
 
関東大震災のあと、復興のため関西の料理人が東京に来た
現在 関東では、お造りとお刺身が混在している

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小文字で表記されている長さのkm、cm、重さのkg、tなど
一方、電力のW、電圧のV、電流のアンペア、
周波数のHzなどは、大文字で表記される
 
●長さのmや重さのg、電圧のVや電流のAなどの単位表記で大文字と小文字が混在しているワケ
 
大文字で表記される単位は、由来が人名だから
発明や研究者の名前が単位に使われているので大文字の場合が多い
電圧のV(ボルト)の由来は、
電池を発明したアレッサンドロ・ボルタ
電流のA(アンペア)の由来は、
電磁気学の創始者アンドレ=マリ・アンペール
圧力のPa(パスカル)の由来は、
パスカルの原理のブレーズ・パスカル

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●清水の舞台から飛び降りるは、実際に236人が飛んだから生まれたことわざ
清水寺の高さは、約13m、マンション4階分に相当する
近年、清水寺の蔵から成就院日記(清水寺で働いていた人の業務日誌)全221巻(1694
年からの141年分)が発見された
この成就院日記に236人が飛び降りたことが書かれている
そこには飛び降りた理由も書かれている
例えば、眼病を治したい、母の病気を治したい、自由な時間が欲しい、など
飛び降りた人たちの生存率は、意外と高く84%
当時 舞台の下の土が柔らかかったためだと言われている
 
清水の舞台から飛び降りるとは、命を落とす危険のある命懸けの願掛けだった
願いを叶えるために思い切った行動を起こす、が転じて
強い決意で物事に取り組む、という意味になったと言われている
 
●最初に飛び降りたのは、今昔物語に書かれている検非違使の忠明
昔 京都の街は、警察官の役目となる検非違使が警護していた
その中に清水寺を周辺を警護している忠明(ただあきら)という男がいた
ある日、忠明が見回りをしていると神聖な清水の舞台でたむろする不審者を目撃
「おい!お前たち何をやっているんだ!」
すると不審者たちは刀を抜いて抵抗
追い詰められていく忠明は、本堂の板張りの扉を強引に外した
死を覚悟した忠明は、願いを込めて「お助け下さい!観音様!」と叫んだ
次の瞬間、忠明は戸板を抱えたまま、舞台を端まで行き、飛び降りた
戸板が空気抵抗を生み、無事に着地、不審者たちから逃げ切ることができた
この一連の話から、清水寺の観音様に願い事をすれば叶うとされ、ことわざが生まれた

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使わなくなかった衣類や玩具など
様々なモノを売るフリーマーケット
 
●フリーマーケットの「フリー」の意味は、「自由」ではない
 
フリーは、自由を意味するFreeではなく
英語でFlea、意味はノミ
 
元々 ノミがついたような古着が扱われていた説、
あるいは大勢の人々が集まる様をノミに例えた説、などから
Flea market(ノミの市)と呼ばれるようになった

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