Tag Archives: 室町時代

●飯(めし)の語源は、召し上がる
室町時代、白いお米はとても貴重だったため、
庶民は白米に粟や麦など様々な具材を混ぜてかさ増しして食べていた
「召し上がる」から「めし」と呼んでいた
 
●ご飯は、白米100%の炊きたて
一方、身分の高い貴族は、炊きたての白米を食べていた
貴族は、白米100%の炊きたてを「ご飯」と呼んでいた
中国から白米を表す「飯(はん)」という漢字が入って来て、
白米100%の炊き立ての米は貴重なので
「御」をつけて「御飯」と呼ぶようになった
 
白米100%の炊きたてのご飯に庶民は強い憧れを持ち、
一気に広まっていった
 
室町時代以降は、炊き立ての白米を「ご飯」
それ以外の米料理を「飯」と使い分けるようになった

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600年以上 ういろうを作り続ける外郎家
小田原にあるういろう本店は、
多数の棟を配置し屋根を重ねる八棟造り
現在の店舗は、平成に改築されたものだが、
500年前から外郎家は代々八棟造りを守っている
 
室町時代 三代将軍の足利義満の下、幕府に仕えていた外郎家
海外の使節団が日本にやってきた際、
外交を担当していた外郎家の2代目が、
もてなし菓子として作ったのが、ういろうの始まり
当時は、高価な栄養剤だった黒糖と米粉を合わせて蒸したお菓子
現在も無論地時代と同じ製法で造られている
 
●歌舞伎演目 外郎売
外郎家の家伝薬で二代目 市川團十郎の喉の病が治り、
小田原まで尋ねて来た
この薬を歌舞伎の演目として創作してはどうかと、
十三代目の外郎家当主に掛け合ったが、「宣伝は困る」と一度は断った
「正しい薬を服用してもらう必要がある」と説得され、創作を許可した
こうして歌舞伎演目「外郎売」は、二代目 市川團十郎に創作される
現在も外郎売を演じる時には、市川家は代々外郎家に挨拶に来る
 
薬によって喉の病から回復し活舌が良くなったことから、
外郎売には早口言葉が多く盛り込まれている

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