Tag Archives: 江戸時代

大相撲では最終日を千秋楽と書くが、歌舞伎では最終日を千穐楽と書く
歌舞伎で最終日を千穐楽をと書くようになったのは、江戸時代から
元々は、大相撲と同じ、千秋楽を書いていた
 
江戸時代の芝居小屋は、木造の建物だったため火事の被害が多かった
1682年、天和の大火では、有名な芝居小屋が火災に巻き込まれるなど
芝居小屋にとって火事は深刻な問題だった
 
秋には、火が含まれている
火が火事を連想させるため使われなり、縁起の良い亀が用いられた

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●お会計とおあいその違い
おあいそは、本来 店員から店員に使う言葉
客が「おあいそ」と店員に言うのは間違い
「おあいそ」とは「お愛想」のこと
江戸時代、芸者がいる料亭で使われていた言葉
客が帰る際に、芸者がその料亭の女将に
「最後にお客さんに挨拶して愛想をふってください」
という意味で「おあいそお願いします」と使っていた
「おあいそ」は店員から店員に使う言葉
その女将が、おあいそをするときにお会計も一緒にするので
いつしか「おあいそ」が「お会計」という意味になった
 
●あがり
あがりも芸者がいる料亭で使われていた言葉
声がかかった芸者が、お茶を持ってお座敷にあがることから
声がかかった人のことを「おあがりさん」と呼ばれるように
その後、お茶自体のことを「あがり」と呼ぶようになり
それを聞いた客もお茶を「あがり」と言うようになった

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五目寿司は、江戸時代初期に備前岡山藩 藩主 池田光政が、
一汁一菜令を出したのが、始まり
それは、食事は一食につき白米などの主食、
汁物一品、おかず一品にしなければならないという倹約令
しかし満足できな庶民は、煮椎茸、かんぴょう、ニンジンを
目立たないように刻んでご飯に混ぜて食べるように
それが岡山名物 ばら寿司となる
その後、全国に広がり、いろんな具材を酢飯に混ぜ、
たくさんという意味の五目寿司と呼ばれるようになった
 
ちらし寿司は、江戸時代後期に寿司屋の職人が
魚の切れ端や使わない部分を酢飯の上に乗せて、
まかないとして食べたのが始まり

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尻尾が真っすぐな猫が多い関西に比べて、
関東では尻尾が曲がっている猫が多い
 
●関西より関東に尻曲がり猫が多い理由
 
江戸時代、庶民に可愛がられていた猫
そのころの猫は、尻尾が真っすぐだった
 
しかし化け猫の噂が広がり嫌われることに
それは尻尾が真っすぐな猫は年をとると
尻尾が二股に分かれて化け猫になる、という噂
佐賀で実際に起きた史実を
基にした怪談「鍋島化け猫騒動(1670年)」
主人の無念を背負い化け猫となったその姿を恐れた江戸の人々は、
尻尾の真っすぐな猫に尻尾を捨てたり、
ちょん切ったりと ひどい仕打ちをしたという
 
そのうち江戸の町から真っすぐな尻尾の猫がいなくなってしまう
 
日本にはいなかった尾曲がり猫は、長崎の出島から入って来た
猫を船に乗せないと航海の保険が下りない
運搬する生糸や砂糖を食べるネズミを退治する役目を担っていた
オランダ船は統治していたジャカルタで生糸と砂糖を積み、
ジャカルタの猫を乗せて、長崎の出島に
尾曲がり猫は、ジャカルタ生まれ
 
このころ、珍しい動物を江戸に持っていって売る動物商がいた
今、江戸の町では尻尾の真っすぐな猫が嫌われている
江戸で尾曲がり猫を売れば儲かると尾曲がり猫を大量に江戸で売り始めた

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大金持ちから盗んだお金を貧しい庶民に
配るヒーローとして描かれているが、
●ねずみ小僧は、庶民にお金を配っていない
10年間で99カ所、122回も盗みに入り、被害総額は3000両
3000両は、現在の金額で3億円に相当する
 
当時の取り調べの様子が、御仕置例類集に記されている
盗んだ大半のお金を、酒、女、ギャンブルで使ったと供述している
 
●なぜ ねずみ小僧が、江戸庶民にヒーロー視されたのか?
それは武家屋敷だけを狙い、盗みに入っていたから
当時も格差社会で、武家と庶民の格差が問題になっていた
 
武家屋敷は警備を厳重にすると幕府に
謀反の疑いをかけられてしまうため警備が手薄だったと考えられる

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江戸時代、鍵屋という有名な花火職人がいた
そこの番頭さんは あまりにも
腕が良いので独立を認め、玉屋の屋号を名乗った
 
鍵屋の守り神である鍵屋稲荷(東伏見稲荷神社)
向かって左側に鍵をくわえた狐様、
右側に擬宝珠をくわえた狐様が本殿を守っていることから、
鍵屋と玉屋という名前になった
 
隅田川の花火大会では、
両国橋よりも上流を玉屋が担当、下流を鍵屋が担当した
上流に「たまや~」、下流に「かぎや~」と叫ぶのが正しい
 
実際、“橋の上 玉屋玉屋の声ばかり”といった川柳が
詠まれるほど玉屋の人気が圧倒していた
 
ちなみに鍵屋は、(株)宗家花火鍵屋として現在も残っている
玉屋は、1843年の火事が原因で一代で廃業した

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シロノクリニック池袋:寺井美佐栄によると
●化粧水をつけるときに顔をパチパチと叩いてはいけない
 
化粧水が使われ始めたのは、江戸時代
布に染み込ませたヘチマ汁などの当時の化粧水を
白粉の塗った頬に叩き込む美容法が流行った
その名残から、現在でも顔に化粧水を叩き込む人が多い
 
現代になり分かってきたのは、
強く頬を叩くと肌の角質層に小さな傷ができる
それを続けることで、
肌の保湿機能は低下し、シミやシワの原因になる
 
●正しい化粧水のつけ方
化粧水を適量、手の平にのせて伸ばし、
顔全体を覆うだけで浸透していく

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●線香が、どのメーカーも同じ長さになった理由
その理由は、商家の若旦那と芸者の人情噺の
たちぎれ線香という上方落語のネタにある
 
江戸時代は、庶民にとって時計が無い時代
遊郭の芸者が線香に火をつけ、
線香がたちきれるまでが、若旦那の時間
 
線香の長さが同じなのは、
線香が時間を測る道具だった名残り
 
●一本立ちの由来
芸者も一人前になると
線香一本分の時間を客が飽きずにいられることから
一本立ちするという言葉が生まれた

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