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東日本では薄切り食パンが好まれ、
西日本では厚切り食パンが好まれている
 
日本で初めてスライスした食パンを販売したのは、銀座木村屋
その枚数は、8枚切り
●日本で初めて販売されたスライスした食パンは、8枚切り
終戦後、昭和32年、GHQがサンドイッチを作りたいと
8枚切りの食パンを銀座木村屋に注文
これが8枚切りの食パンを販売するきっかけ
8枚切りの食パンは日本全国に普及
 
昭和35年、神戸屋が6枚切りキャンペーンを行った
当時、まだご飯が主流で、朝食にパンを食べてもらうため、
食べ応えがあるようにと6枚切りを広め、大ヒット
 
大阪を中心に朝食をご飯食からパン食に変える人が増えた
さらに4枚切り、5枚切りを販売したところ、大ヒット
西日本では朝食に食パンの文化が根付いた

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戦後、日本は大変な食糧不足で配給制になった
さらに1947年にGHQが一括管理し、
配給された外食券が使える食堂や旅館、
喫茶店以外の飲食店を全て営業停止にした
 
その中で寿司屋も営業停止になった時期があった
 
GHQの統制に逆らって営業できないので寿司屋は、
米を持って来れば加工します、鮨の委託加工として営業を続けた
 
●カッパ巻きは、戦後の食糧難の中に誕生した
そのころ、明治元年創業の早稲田 八幡鮨の安井さんは、
その辺にあったキュウリを鉄火やかんぴょうの代わりに巻いてみた
発案したのは、カッパ巻き
カッパ巻きは、戦後の苦境の中で生まれた

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