アメ横の由来

●アメ横の由来
アメ横は戦後、ジーパンやジッポなど、アメリカ進駐軍の横流し商品を多く販売してため
アメリカ横丁→アメ横と呼ばれるようになった
 
アメ横の看板は、4つあるが、
上野駅に最も近い看板だけ「アメヤ横丁」と書かれている
それは戦後の闇市があった場所で、飴屋が多かったから
御徒町方面にはアメリカ進駐軍の商品が多かったのに対して、上野方面には飴屋が多かった
戦後の上野駅では、列車待ちの人にアイスキャンディーを販売、それが大変人気があった
しかしアイスキャンディーは夏しか売れない
そこで年間通して売れる飴を売り出し、一番多い時で100軒以上飴屋が集まった
 
●アメ横の地下にある無国籍地下街
それがあるのは、アメ横センタービルの地下
そこには生きたザリガニや鯉、鶏の足、エイなど、
まるで東南アジアの市場のような光景が広がる
地下街の店舗全てが、アジア系の食材店
 
2004年ころは、アジア系食材店は2店舗のみ
創業60年の野田幸食品がタチウオを売り出してみると、なぜか中国人にバカ売れ
後々調べてみるとタチウオは中国で正月に食べる縁起の良い食材だった
すると野田幸食品に中国の高級食材を買い求めて外国人客が集まるように
アジア系の食材が売れることが分かると、次々と中国人が出店
色んな国のモノを売り出すと色んな国の客が来る
今では全ての店がアジア系食材の店となり、9割が外国人客となった

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