叙々苑の看板文字を書いたのは、爆笑問題 太田光の父

●叙々苑の看板文字を書いたのは、爆笑問題 太田光の父
1976年、六本木に1号店を開店した際、
太田光の父:大田三郎が内装を手掛けた
元々、建築家であり書道界であった大田に、看板の書を依頼した
 
●叙々苑が最初に始めたモノ
・無煙ロースターを東京で初めて導入
1980年代半ばに大阪の焼肉店が使用していた無煙ロースターを
焼肉チェーン店として東京で初めて導入
 
・諸説あるが、タン塩の発祥
タン塩が叙々苑でメニュー化されたのは、1980年前後
当時、ごく一部の焼肉店では、味噌ダレを付けた牛タンや
タンシチューのメニューは存在していた
「塩振って焼いて食べると美味しいよ」と業者の食肉店に勧められ、
メニュー化してみたら好評を得た
 
・1980年ころ、布エプロンの導入
多少タレが飛んでも服まで染みないものをという女性客の要望から
 
・タン塩にレモンダレは、叙々苑が発祥
タン塩にレモンダレを付けて食べるのは、ホステスのわがままから生まれた
1980年ころは、何もつけないで食べることが多かった
深夜にアフターでタン塩を食べに来たホステスから、
「美味しいけど熱くて食べられない。タン塩用のつけダレはないの?」
「レモン好きだからマスター レモン持ってきてよ」
レモンを切って持っていったところレモンを搾ってタン塩を食べ始めた

(731)

スポンサード リンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

スポンサード リンク