宮沢賢治が世に認められたのは、死後

『風の又三郎』や『銀河鉄道の夜』、
『注文の多い料理店』など
数多くの名作を生みだした宮沢賢治
 
幼い頃から成績が優秀だった
小学生時代の成績は、10教科すべて最高評価の甲
 
農業高校で教師をしていた28歳のとき、
『注文の多い料理店』を発表
しかし無名の賢治が書いた小説は、
発売当初まったく売れなかった
初版1000冊のうち、200冊を賢治が買い取った
 
死後、弟の清六が中心となって作品集が発売され、
それが売れたことによって賢治の名が広まり、
高く評価されるようになった
 
生きている人間を 人は素直に認めることができないのかもしれない

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