奈良 平城京では、ペルシャ人が役人として働いていた

1966年に天平神護元年(765年)に書かれた木簡が
平城京跡で発見された
どの役人が役所の勤務を担当したかを記していた
2016年に赤外線カメラで撮影したところ、
これまで見えなかった部分が浮かび上がった
そこには大属(第四等官) 破斯清道と書かれていた
破斯とは、ペルシャを意味する言葉
 
8世紀、奈良 平城京でペルシャ人が役人として働いていたことが分かった
 
651年、ペルシャではサーサーン朝が滅ぼされ、
次の王朝に政権が移った
国を追われたサーサーン朝ペルシャの人々は、
シルクロードを渡って唐の長安に
そこには唐の文化を吸収するため遣唐使が日本から派遣されていた
唐での日本とペルシャの交流がきっかけとなり、
ペルシャ人が奈良へと渡り、
本人もしくは子孫が役人:破斯清道となったと考えられる

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