伝統/慣習」カテゴリーアーカイブ

●将棋の駒が、王将と玉将に分かれているワケ
 
平安時代、将棋が誕生したころは、王将は存在せず、玉将だった
玉将の玉には、宝石、宝物という意味がある
玉将を王将に変えたのが、豊臣秀吉
将棋好きだった豊臣秀吉が、王じゃなきゃ嫌だと言ったため、
秀吉側の玉将を王将にした
 
玉将以外にも宝物を意味した駒がある
金将、銀将はもちろん、桂馬は肉桂(シナモン)、
香車はお香に由来しており、どれも平安時代には貴重なもとされていた

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節分の豆まきの掛け声は「鬼は外、福は内」だが、
●福島県の二本松市の豆まきの掛け声は「福は内、鬼 外」
そのワケは、江戸時代、二本松藩の殿様の名前に忖度したから
二本松藩の殿様は、ずっと丹羽氏だった
「鬼は外」⇒「おには外」⇒「お丹羽外」となってしまうため
「は」をとって「鬼 外」に変わった
 
●茨城県では「鬼は外、福は内、福の神でぶっちめろ」
「ぶっちめろ」とはこの地域の方言で「追い払え」という意味
 
●宮城県では「福は内、鬼は外、天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせ」
天気がよめたり、水が出る場所をよめたり鬼の目には、特別な力がある
なので鬼をやっつけるときは、まずは目からやっつける
 
●群馬県の鬼石では「福は内、鬼は内」
鬼石では、鬼が投げた石で村ができたという伝説がある
人間にとって良いことをしてくれる鬼もいるから
 
●北海道や東北では、大豆ではなく落花生をまく
雪国では大豆では拾いにくい
より分かりやすい落花生をまいている

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年末になると日本各地で盛んに演奏されるベートーヴェンの第九だが、
●第九は、決して年末の歌ではない
年末に頻繁に演奏されるのは、日本だけ
海外では、自由と平和の象徴として時期は関係なく
記念行事などの特別な機会に演奏されることが多い
 
1985年6月のEU首脳会議で第九の一部分がEUの歌として承認され、
EUの公式行事にでも演奏されている
1964年10月の東京オリンピックでは、
当時分裂状態だった東西ドイツ合同チームで参加した時、
表彰式で国歌の代わりに第九が使われた
 
第九は、ベートーヴェンの9番目で最後の交響曲
正式がタイトルは、交響曲第9番 ニ短調 作品125 合唱付
ベートーヴェンは、20代後半から耳が聞こえづらくなり、
40歳を過ぎたころには、ほぼ耳が聞こえなくなった
第九を作曲したのは、54歳の時
第九は、耳が全く聞こえない状態で作曲された
 
●大ヒットした第九は、常識を覆す曲
そもそも交響曲は、オーケストラのための音楽で楽器だけで演奏される
しかし第九は、4人の独唱者と合唱団が入っていて、当時の交響曲では異例
さらに交響曲の演奏時間は通常30分程度だが、第九は約70分で異例の長さ
 
●第九=歓喜の歌ではない
第九は、第1楽章から第4楽章まであるが、
第1楽章から第3楽章まではオーケストラ演奏だけ
歓喜の歌は、よく耳にする第4楽章のこと
歓喜の歌の歌詞は、ドイツの詩人シラーの「歓喜に寄せて」の一部を抜粋して並び変えたもの
その内容は、社会の不平等や争いをなくして、全ての人々が平等で自由な世界を
自由、平等、博愛の精神がうたわれている
その冒頭の歌詞は、ベートーヴェンの自作
第1楽章から第3楽章は、なかったことにして、
これから始まる第4楽章こそが本当に伝えたいことだと歌っている
第1楽章から第3楽章は、長いフリ
 
●年末の第九が、日本で定着したワケ
1940年の大晦日、NHK交響楽団の指揮者ローゼンシュトックが、
ラジオで全国放送したのがきっかけで、年末の第九が急速に広まった
 
●CDと第九
CD開発当時、60分記録できる直径11.5㎝、
74分記録できる直径12㎝で意見が分かれていた
そこで演奏時間が約70分の第九が1枚のディスクに記録できたほうが良い
という理由で、約74分記録できる直径12㎝のCDに規格が決まった

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●そうめんの相場は、占いで決められている
 
毎年2月、奈良県桜井市にある日本最古の大神神社の占いで、
三輪そうめんの相場が決められている
奈良時代の大神神社の神主の次男がご祭神のご神意を得て、
そうめん作りを始めたことから、
ご祭神はそうめん作りに携わる人々から崇められている
 
三輪そうめんの相場を占う儀式を卜定祭という
高値、中値、安値の3種類の札を取る
その札がそうめんの卸値になるので業者は高値になるように願う
 
かつて三輪の町には市場があり、穀物の相場を占っていた名残り

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海外の幽霊には足があるが、日本の幽霊には足がない
●日本の幽霊に足がない理由
 
日本で初めて足の無い幽霊の絵を描いたのは、
江戸時代に活躍した絵師 円山応挙
 
中国の焚くと煙と共に死んだ者の姿が現れる伝説のお香 反魂香の図には、
煙で足が隠れているため死んだ者の足は描かれていない
その図は、日本にも伝わっている
 
ある日 円山の枕元に亡くなった妻が現れ、
慌てて描いたので足まで描写できなかったから
その円山の描いた足の無い幽霊画が広まったことで日本の幽霊は、足を無くした

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欧米では、ステーキなど肉を厚く切って食べているが、
すき焼きやしゃぶしゃぶなど日本人は肉を薄く切って食べる
●肉を薄く切って食べるのは、日本人だけ
食文化研究家:永山久夫氏によると、
その理由は、箸文化だから
肉を箸でつまむには、肉を薄切りにしないといけない
一方 欧米人は、フォークとナイフ
薄切り肉は、フォークで刺しにくい
 
文明開化の明治時代、牛鍋に使う肉は角切りだった
しかし箸での食べやすさと肉の美しさに加え、
薄く切った肉をサッと火を通して食べるすき焼きスタイルが広まった

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●岐阜の喫茶店のモーニングサービスには、茶碗蒸しがついてくる
 
岐阜県喫茶組合 事務局長 牧野義春さんによると
岐阜県でモーニングサービスに
茶碗蒸しがつけられるようになったのは、昭和40年代頃
 
つけられるようになった理由は、諸説ある
岐阜県では正月やめでたい時に、茶碗蒸しを食べる風習があり、
茶碗蒸しをモーニングサービスにつけたところ、
客から大変喜ばれたので、そのまま根付いた

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●関西の香典袋の水引は、白黒ではなく白と黄色
 
関西では、白と黒の水引が使えない理由がある
そもそも関西では、室町時代、京都にあった皇室に献上品を納める風習があり、その献上品に白と深緑の水引をつけていた
一見、香典袋の白と黒に水引に見えてしまうため
2つを差別化するために香典袋の水引を黒ではなく、
仏教で僧侶の袈裟などにも使われ、極楽浄土を表す黄色になった
 
その名残りで、現在でも京都を中心に関西地方では
葬儀や法事の際に黄色と白の水引を使うことが多い

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エジプトのクレオパトラ
中国の楊貴妃
日本の小野小町
といえば世界三大美女
実は世界三大美女を外国人は知らない
 
東京大学 永井久美子 准教授によると
●世界三大美女は、日本人が勝手に作った
明治時代の中期以降、西洋や中国の文化圏で
長らく美女と言われてきた人に対抗できるだけの美女が
日本にもいると主張したかった時代背景がある
 
世界三大美女は、外国への対抗心から作られた日本独自の三くくり

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宮島の正式名称は、厳島
●厳島が宮島と呼ばれているワケ
厳島には、25もの神社がある
江戸時代にお宮のある島、宮島と呼ばれるようになり、
時代と共に、その通称の方が広まった
 
●厳島神社の社殿や鳥居が海に建てられたのは、島が 神の島だから
厳島には、神が斎(いつく)島という意味があり、
島に建物は恐れ多いと、海上に建てられた
そのため現在も厳島には、墓がない
かつては出産も認められていなかった
 
●宮島のお土産屋で、しゃもじが大量に売っているワケ
しゃもじの発祥は、宮島
江戸時代に修行僧が、産業がなかった宮島のために
弁財天の持つ琵琶に似たご神木を売り出したのが始まり

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