Category Archives: 食べ物/飲み物

火を通した方が、賞味期限は長くなると考えがちだが、
ゆで卵よりも生卵の方が賞味期限が長い
●ゆで卵よりも生卵の方が、賞味期限が長いワケ
 
生卵の賞味期限は15日くらい、ゆで卵の賞味期限は5日くらい
 
たまご博物館:高木伸一 館長によると
生卵の方が賞味期限が長いのは、生卵は生きているから
生卵には卵白がある
生きている間は卵白に含まれる卵白リゾチームが
細菌から守るバリアの役割を果たすため生卵の方が賞味期限が長い
しかし生卵を加熱し、ゆで卵にすると卵白リゾチームは死んでしまう
すると細菌から守れなくなってしまうため賞味期限が短くなる

(0)

スポンサード リンク
●スーパーの入り口が、必ず野菜売り場になっているワケ
スーパーの配置で一番重要なのが、冷蔵庫
入るなり客に寒い思いをさせないため、奥に配置
冷蔵庫が必要な精肉売り場と鮮魚売り場は、必ず店の奥
比較的 冷蔵の必要ない野菜売り場を入り口に配置している
 
●色鮮やかで季節感を感じる野菜は、客の購買意欲を掻き立てる
 
●ハムやベーコンと違ってソーセージの袋だけ膨らんでいるワケ
そもそもハムやソーセージなどの食肉加工食品は、
酸素に触れると酸化してしまい、味が落ちてしまう
ハムやベーコンは、隙間があるとちぎれたりするので、真空にしてある
ソーセージは、経常的にちぎれることはないため
客が取りやすいように袋に窒素ガスを注入して膨らませている

(1)

白地に赤の渦巻き、白身魚で作られた練り物
古くからラーメンに欠かせない具材だったが、
現在、ラーメンからナルトが消えた
 
●ラーメンからナルトが消滅したワケ
 
そのきっかけは、2000年頃に起こったラーメンブーム
独自の味にこだわるラーメン店が続々と誕生した
生き残りをかけ、熾烈な戦いを繰り広げた
多くの店が脱定番を掲げ、ラーメンの定番具材ナルトを避けた
工場で造られ出荷されるナルトは、個性が出しづらい
白身魚の漁獲量が豊富な静岡の焼津では、全国の7割のナルトを生産している
焼津人は、ナルトをこよなく愛し、欠かせない食材となっている

(13)

ラーメン屋から出前をとると
ラーメンに張られたラップがピッタリしている
●ラーメン屋の出前のラップがピッタリ張られているワケ
 
家庭用のラップと業務用のラップは、素材に違いがある
業務用ラップは、家庭用に比べて、最大8倍の伸び率がある
ラーメン屋が業務用ラップを使用しているのは、
どんぶりにもピッタリと張ることができスープをこぼさないため
 
冷蔵庫に長期間食材を入れるために使われる家庭用ラップは、
空気を通しにくいため、臭い漏れや酸化を防ぎ、保存に適している

(7)

冷たい蕎麦にはワサビだが、温かい蕎麦には七味唐辛子
 
庶民の間で蕎麦が食べられるようになったのは、江戸時代初期
当時、蕎麦は傷みやすい食べ物で、冷蔵保存技術もなかったため
傷んだ蕎麦を食べてしまい食あたりを起こす人が多くいた
そこで消化を促し、解毒作用がある大根おろしのしぼり汁を薬味として使うように
大根の先端の辛い部分をすりおろしたしぼり汁を、そばつゆに混ぜていた
 
●冷たい蕎麦の薬味がワサビになったワケ
1612年、徳川家康は、隠居して駿府城で暮らしていた
家康は、栄養価が高い旬のモノ以外 口にしないというほどの健康オタク
大根の旬は冬
そこで家康のために献上されたのが、
駿府城の近くで栽培されていた解毒作用が高く、1年中食べられるワサビ
ワサビを気に入った家康の命により、
静岡県ではワサビ作りが盛んに行われるようになった
するとワサビは江戸にも伝わり冷たい蕎麦の薬味の定番となった
 
江戸時代中期になると冷たい蕎麦の他に冬に食べる温かいかけ蕎麦が人気に
しかしワサビに熱を加えると辛味が飛んでしまう
七味唐辛子は、熱を加えても辛味が飛ばない
さらに当時 唐辛子は薬としても使われていたため解毒効果も期待された
その後、江戸中の温かい蕎麦に七味唐辛子が使われるようになった

(4)

年間を通して温暖な気候で育つグレープフルーツは、日本の気候に合わない
国内に流通しているグレープフルーツは、ほぼ100%が輸入
 
●ブドウと全く違う見た目が違うのにグレープフルーツと呼ばれるワケ
 
グレープフルーツは、18世頃に中南米にある小さな島バルバドスで
イギリス人が発見し、ブドウの房のように
1つの枝にたくさん実をつけることからグレープのようなフルーツ、
グレープフルーツと名付けられた

(1)

元々フランスの料理の水準は非常に低かった
当時、食の先進国だったのが、イタリア
 
1533年、イタリアの王家:メディチ家のカトリーヌ・ド・メディシスが、
フランスのアンリ二世に嫁いだ
すると、不味い料理が出てくるとイタリアから料理人を連れて行ったことで、イタリアの料理がフランスに伝わり、フランス王家では、現在のフランス料理に繋がる料理が発展していった
 
1789年、フランス革命により王族や貴族が失墜
合わせて、宮廷で料理を作っていた料理人も失業した
素晴らしい技術を持った料理人らが、街でレストランを始めたことが、
フランス料理の大きな発展に繋がった

(7)

小豆を煮て砂糖を加えて練り、粒を残したあんこを、つぶあんという
粒々があり似ている小倉あんだが、実は全く違う
 
●つぶあんと小倉あんの違い
飛鳥時代、当時 肉を食べられなかった僧侶が、
肉の代わりに煮た小豆を食べたのが、つぶあんの始まり
その頃のつぶあんは、砂糖が入っておらず、
甘くなくご飯のおかずとして食べられていた
 
平安時代、当時京都で繁盛していた天皇御用達の菓子屋の職人 和三郎が、
砂糖を入れたつぶあんを開発する
天皇への献上品にするには、小豆がつぶれて見た目が良くない
困っていた和三郎に、唐から帰ったばかりの空海が、
現地から持ち帰った小豆を差し出してくれた
それは普通の小豆より一回り、二回り大きな小豆だった
煮てみると皮が破れにくいという特徴があった
煮ても皮が破れないことから切腹を連想させないということで、
切腹の習慣がない公家の役職名にちなんで、大納言小豆と名付けられた
和三郎は、大納言小豆を地元の山で栽培し、甘いつぶあんを作った
その大納言小豆を栽培したのが、京都の小倉山の近くだったことから、
小倉あんと名付けた
 
普通の小豆で作ったのが、つぶあん
小倉山付近で栽培された大納言小豆で作ったのが、小倉あん
 
江戸時代になると、大納言小豆の値段が高すぎるということで
普通の小豆で作ったこしあんに少しだけ大納言小豆を混ぜたものを
小倉あんとして売り出すお菓子屋が増え、広く定着した
現在でも、普通のこしあんに少しだけ大納言小豆を混ぜたものを小倉あんと呼んでる

(13)

口の中の体温で溶ける生チョコは、日本生まれ
1986年、茅ヶ崎Bunzooオーナーシェフ小林正和さんが考案
 
小林さんの生チョコを全国のスイーツ店が研究し、次々に商品化した
しかしブームに便乗して生チョコと称した粗悪品が激増し、
「生チョコが硬い!」とクレームが多発
 
危機感を抱いたチョコレート業界が作ったのが、生チョコの定義
1、チョコレートの記事が全重量の60%以上
2、クリームが全重量の10%以上
3、水分量が全重量の10%以上など
これで日本中で美味しい生チョコが食べられるようになった

(3)

●埼玉県本庄市のみで食べられているナピラとは?
 
 
ナピラとは、納豆ピザライスの略
 
作り方はシンプル
ご飯の上に醤油をかけた納豆をのせ、
ベーコンや野菜の具材をトッピングし、ピザソースをかけ、
チーズをのせてピザ風に焼き上げたら完成
 
誕生したのは、40年前
本庄市内の喫茶店で、余った納豆を使って生み出された
余り物で簡単に調理できることが評判を呼び、本庄市内の家庭に広まった
 
ナピラを食べられる店は、本庄市内に30店舗以上

(14)

スポンサード リンク