Category Archives: 食べ物/飲み物

鳥取のずわいガニコロッケ、気仙沼のホルモンコロッケ、
江の島のしらすブラックコロッケ、山梨の富士山コロッケなど
全国には様々なご当地コロッケが存在する
 
●全国800種のご当地コロッケは、たった一軒の大阪の工場が製造している
 
それは合同食品(大阪府豊中市)
大手のコロッケ工場の場合、1万個以上でないと発注を受けてくれないが、
合同食品では、最低500個からでも発注可能
ご当地コロッケは、奇抜な食材を入れるので、市場に出してみないと分からない

(1)

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●食べ放題で元を取るには、3時間前にとんかつを2切れ食べる
 
彩の国東大宮メディカルセンター:市原広太郎によると
食後時間が経つと体内にある脂肪が分解され、
遊離脂肪酸に変化し、血液中に流れる
遊離脂肪酸が脳の摂食中枢を刺激することで空腹感を感じる
とんかつの衣にも遊離脂肪酸が含まれるため、
さらに摂食中枢を刺激し、空腹だと錯覚する
 
食べ放題の3時間前、2切れほどの量が効果的
他にも鶏のから揚げや天ぷらなどの揚げ物でも同じ効果が期待できる

(2)

●こんにゃくと一緒に 茹でうどんを茹でるとコシが強くなる
 
工学院大学:山田昌治 教授によると
うどんを茹でる時に、こんにゃくを一緒に入れると
こんにゃくから水酸化カルシウムが溶け出し、
うどんのグルテンの結びつきを強める
歯ごたえがあってコシの強いうどんになる
 
うどん1玉に対して、こんにゃく50g
水酸化カルシムがよく溶け出すように薄切りにして鍋に入れる
沸騰したらうどんを入れて茹でるだけ

(21)

1923年、関東大震災で職を失った東京の寿司職人が、
大阪に移ったことをきっかけに大阪にも寿司文化が広まった
 
●回転寿司は、職人を辞めさせないために開発された
 
日本で初めて回転寿司を導入したのは、元祖 廻る元禄寿司
立ち食い寿司を始めた元禄寿司は、人気店となり繁盛した
あまりにも繁盛すると忙しさから職人が腱鞘炎になり、みな辞めていく
職人が楽に働けるように回転寿司が誕生した
回転寿司の仕組みは、ビール工場のベルトコンベアを見て閃いた
その閃きから実用化までには10年もかかり、
 
1958年、回転寿司1号店をオープンさせた
東京に回転寿司が開店したのは、大阪より20年後だった
回転寿司のベルトコンベアーに特許があったため

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米どころとして知られるスペイン東部バレンシア地方の郷土料理
パエリアは、バレンシア語でフライパンを意味する
 
主にパエリアは、エビやムール貝、
イカなど多くの魚介類とサフランを米に加えて炊きこむが、
●スペインでは、パエリアの米しか食べない
 
具材の魚介類は、出汁をとるためだけ
現地のスペインでは、出汁を出し切った魚介類は食べずに
米だけ食べるのが普通
 
本場のバレンシアでは、ウサギ肉、鶏肉、カタツムリ、
インゲンマメ、ピミエントなど山の幸を中心に用いて作られる

(198)

●中国で大皿料理が出されるようになったワケ
1300年前の唐の時代、中国史唯一の女帝:武則天
女の皇帝を気に入らない家臣がいるはずと
武則天は、食事に毒を盛られることを恐れていた
それを未然に防ぐために御膳を使わずに大皿にして取り分けて食べることに
みな同じお皿の料理を食べるから毒を盛られることはない
 
●中国で大皿料理が出されるようになったは、毒殺防止のため
その後、大皿で食事をする文化は、一般家庭にも広まった
清の時代に、丸いテーブルが使われるようになった
 
●回転テーブルを初めて作ったのは、日本人
1929年(昭和4年)、日本橋にあった中華料理店 濱のやが初めて回転テーブルを作った
3年後の1932年、目黒雅叙園でも回転テーブルが作られた

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温泉卵は、白身が固まってなく黄身が程よく固まっている
半熟卵は、白身が固まっており黄身が固まっていない
 
●卵は白身と黄身で固まる温度が違う
 
白身は60度のお湯で加熱すると固まりだし、
約80度で完全に固まる
黄身は65度で固まりだし70度で完全に固まる
 
温泉卵は、70度の一定のお湯で30分間加熱して作る
半熟卵は、沸騰した100度近いお湯で5分加熱して作る

(2)

炭水化物のパスタは、太りやすいと思われがちが、
管理栄養士:岸村康代によると
●乾燥パスタは、炭水化物の中でも特に太りにくい
 
人の体は、血糖値が急激に上がると
糖を蓄えようとインスリンが分泌され、脂肪に変換していく
乾燥パスタの原料のデュラム小麦は、血糖値の上昇速度が遅い
血糖値の上昇速度が遅い=GI値が低い
GI値60の小麦粉に比べると、デュラム小麦は低く、GI値41
食パンのGI値は、95
白米のGI値は、88
うどんのGI値は、85
 
イタリア産の乾燥パスタは、デュラム小麦を100%使用することが法律で義務付けられている

(12)

東日本では薄切り食パンが好まれ、
西日本では厚切り食パンが好まれている
 
日本で初めてスライスした食パンを販売したのは、銀座木村屋
その枚数は、8枚切り
●日本で初めて販売されたスライスした食パンは、8枚切り
終戦後、昭和32年、GHQがサンドイッチを作りたいと
8枚切りの食パンを銀座木村屋に注文
これが8枚切りの食パンを販売するきっかけ
8枚切りの食パンは日本全国に普及
 
昭和35年、神戸屋が6枚切りキャンペーンを行った
当時、まだご飯が主流で、朝食にパンを食べてもらうため、
食べ応えがあるようにと6枚切りを広め、大ヒット
 
大阪を中心に朝食をご飯食からパン食に変える人が増えた
さらに4枚切り、5枚切りを販売したところ、大ヒット
西日本では朝食に食パンの文化が根付いた

(9)

カレーパン発祥の店、カトレア
細かく切った豚肉、玉ねぎ、ニンジンを入れたカレーを
パン生地で包んで形を整え、パン粉をまぶして一晩 発酵
180℃の油で3分揚げて完成する元祖カレーパン
 
●焼かずに揚げるカレーパンが誕生したワケ
 
大正時代、関東大震災直後、カトレアも大きなダメージを受けた
2代目の中田豊治氏は、店を立て直すためにヒット商品を考えていた
その開発のヒントとなった料理が、
当時大人気だったカレーライスとポークカツレツ
カレーのルウをパン生地で包み、
カツレツのようにパン粉をつけて油で揚げるカレーパンが誕生
 
カレーパンの楕円形は、カツレツの形をイメージしている

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