Tag Archives: 平安時代

江戸川大学:斗鬼正一 教授によると
台所とお勝手は、今でこそ料理をする場所という意味で使われているが、元々、別の意味だった
 
●元々 台所は、料理を盛りつけする場所だった
日本では奈良時代から火を使って調理する場所を「くりや」と呼んでいた
そして中国から、調理をするという意味の「厨」という漢字が入ってきた時に、「くりや」に「厨」の漢字をあてた
平安時代の貴族の屋敷、厨(くりや)で作られた料理は、盛りつけをする台盤所に運んでいた
貴族が使っていた足つきのお膳を台盤と呼び、台盤を並べて盛りつけする場所を台盤所と呼ぶようになった
次第に、台盤所を略して、台所と呼ぶようになった
元々、台所とは、料理を盛りつける場所のことだった
そして台所を仕切る主人の妻のことを丁寧な意味になる「御」をつけて「御台所(みだいどころ)」と呼ぶようになった
室町時代になると厨から台所まで料理を運ぶ手間を省くため、同じ建物の中に造られるようになった
その場所全体を台所と呼ぶようになった
 
●元々 お勝手は、使用人が自由にできる台所のことだった
室町時代になると男性の権力がより強くなり、男社会が色濃くなった
使用人の女性は屋敷の中では自由にできない風潮になっていった
しかし台所だけは使用人の女性が食事をしたり談笑したり男の目を気にせず、唯一自由にできる場所だった
使用人の女性にとって台所は、勝手がきく場所だったため、丁寧語の「お」をつけて「お勝手」と呼ぶようになった
今でも台所にある小さな出入り口を勝手口と呼ぶが、使用人の女性たちが勝手に外に行き来できる出入り口だったので勝手口と呼ぶように

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風邪の場合は、風邪をひくという
●風邪にかかると言わないワケ
インフルエンザにかかるを漢字で書くと「罹る」
罹るは、病気になるという意味
インフルエンザ以外にも
喘息にかかる、肺炎にかかる、花粉症にかかる
風邪は、元々 病気ではなかった
風邪は、咳、熱、鼻水の状態を持っているときに使う言葉だった
昔からあまりにも多くの人が、
体調が悪くなった時に「風邪をひく」と言っていたので
「かぜ症候群」という病気になった
 
●風邪をひくと言葉が使われるようになったのは、平安時代から
平安時代中期、京の都では、咳や熱などで体調を悪くする人が続出
それによって多くの人が命を落とした
それは平安時代に流行した家の造りにある
奈良時代は敵の侵入を防ぐために窓が少なく壁で全面を覆っていたが、
平安時代になると日本の四季を感じるために庭を造り、
部屋と外を仕切る壁が無くした
これが原因で風が直接体にあたり、体調を悪くする人が続出
風を体に引き込むと体調を崩すことから、
「風をひく」という言葉が生まれた
「風をひく」という言葉は、貴族から庶民に伝わり、
体に悪い影響を及ぼす風を邪気と考え、
風に邪気の邪をあてて「風邪」と呼ぶようになった

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●湯布院と由布院
 
「ゆふいん」という地名がつけられたのは、奈良時代
古くから楮と呼ばれる木がたくさんあり、
その皮から採れる「ゆふ」と呼ばれる繊維を使って布などを作っていた
米などを保管する院と呼ばれる蔵がいくつもあったことから、
「ゆふ院」と呼ばれるようになった
 
平安時代、古くから布を作っていたことから
物事の始まりを意味する「由」と「布」をあてられ「由布院」となった
 
大正時代、地元の有力者が由布院に
別荘を建てたことから次第に温泉街として有名になった
 
昭和30年、由布院町と隣村の湯平村が合併
湯平村の「湯」を由布院の「由」にあてて、「湯布院」が誕生した
昭和30年前に建てられた建物や施設は、由布院を使用している
さらに温泉の正式名称も、由布院を使用している

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現在では湯舟と浴槽は、同じ意味だが、元々は全く違うモノだった
 
浴槽が登場するのは、平安時代
浴槽とは、入るためではなく、
体を清めるために水やお湯を溜めた木の容器のことだった
 
庶民が浴槽に浸かるようになったのは江戸時代の中期
水路の整備を進み、庶民が自由に水を使えるようになった
そこで造られたのが、現在のようにお湯に浸かる銭湯
お湯に浸かる容器は、浴槽と呼ばれていた
 
●元々 湯舟とは、お湯を運ぶ舟
当時、大人気の銭湯は、江戸の中心部に集中
郊外で暮らす庶民は、中々銭湯に行けなかった
そこで郊外で暮らす庶民向けに移動式の銭湯が誕生
それは浴槽を乗せた船
船の上で庶民は火を焚いて温められたお湯に浸かっていた
お湯を運ぶ舟が「湯舟」
人気を誇った湯舟だったが、次第に郊外にも銭湯が造られるようになり
湯舟を利用する人が減り、100年ほどで姿を消した
郊外に住む人にとっては浴槽に浸かる=湯舟だったため、
湯舟という言葉だけが残り、
次第に浴槽と湯舟が同じ意味として使われるようになった

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●かつて天皇は、池に映った月でお月見をされていた
 
昔 天皇は、神の存在であったため
上を見上げることができなかった
そのため天皇は、月を見上げられなかった
 
平安時代、嵯峨天皇は、お月見をしたがったため、
わざわざ離宮である大覚寺に周囲1キロもの人工池を造った
その水面に映った月でお月見を楽しまれた

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