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●世界を驚愕かせた日本の天才数学者:岡潔
戦前から研究者・指導者として活躍していた
京都大学講師時代の教え子からは、
ノーベル物理学賞の湯川秀樹、
ノーベル物理学賞の朝永振一郎などを輩出した
教育者としてもその名を知られている
「数学は必ず発見の喜びという鋭い喜びが伴う。発見の喜びで報いられる」と語っている
偉大な業績を残したのが、多変数解析函数論
多変数解析函数論で未解決だった大きな3つの問題を1人で解き、
その後の数学の発展に大きく貢献した
ただ多変数懐石函数論は、世界の数学者からしても
難しく説明できる人がほとんどいない
その事が岡の業績が、あまり世の中に浸透していない要因
 
●常識外れの奇行
そんな岡は、常識はずれな突飛な行動をし人々を驚かせた
岡は、万年床に寝そべりながら研究に没頭
布団の周りには、おびただしい書類と積み重なった本
どうせ寝るわけだから、
最初から布団の上で研究する方が合理的という考え
 
・電車では窓を向き正座(大学教授になってからも)
この行動をするに至った理由が、
素晴らしい景色を見ていると解がひらめくから
自然と自分が繋がる状態を作って、それを研究に生かしていた
 
・晴れた日に女性物の傘をさし雨靴で歩いていた
雨靴を履いていた理由は、皮底の靴は頭に響く、
体を締め付けると交感神経が鈍るから
同じ理由からネクタイも締めない、
服もユルユル、ベルトも嫌がった
女学生に借りた赤い傘を晴れた日に
乾かしながら学校へ行くという合理的な行動
 
・公園で大声を寮歌などを歌い、通報された
そんな時は、娘の小学校にも報告、教頭から担任に耳打ちされ、
「岡さん お父様が三角公園で大きな声でお歌をお歌いになってるから、すぐに連れて
お供してお家へお帰りなさい」
この奇行の理由は、やりたいと思った時に
やりたいことをやりなさい、という考えから
他人の目を気にするよりも、
合理的な理由があれば我が道を行く岡だったが、
家族には違い一面を見せていたという
 
・子供と遊ぶときも真剣に遊ぶ
遊んであげているうちに岡が夢中になってしまう
花札など子供を付き合わせて3日3晩に及んだことも
ある日 大学生の末娘が
「あなたはおかしいんですか?」と聞いた
すると間髪入れずに「バックボーンが通っていれば変人じゃない」と話した
 
「私は人には表現法がひとつあればよいと思っている。「数学なんかをして人類にどういう利益があるのだ」と問う人に対しては「スミレは、ただスミレのように咲けばよいのであって」そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと「スミレのあずかり知らない事だ」と答えてきた。私についていえばただ数学を学ぶ喜びを食べて生きてきただけである」と著書にしたためている

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●林修による社会に出て活躍できる人の条件
 
1、解決力と創造力
何かの問題を解決する能力、何か新しいものを想像できる能力
社会に出て活躍するには、この能力が不可欠
この2つを手に入れるのは、社会に出る前の行動が重要
それは、失敗の実験
失敗の実験を得て、活躍できる場所を探す
そのために必要なのが、
 
2、群像の感覚を持つ
群像とは、多くの人々の姿
群像の中に自分を置いて、自分がどういう状況で、
どのポジションだったらできるのか?
それは社会に出たときに、自分の強みや実力を客観的に見定める力
自分ができると思い込んでいることと、
本来自分ができることとの間にズレが生じていることが多々ある
群像の感覚を学ぶには、歴史
自分に近い歴史上の人物を見つけると、
その日との失敗、その人の成功から学べる
 
3、最も大切な科目は数学
林修いわく、英語の勉強は軽視していた。イギリスやアメリカの若者は、英語を勉強だと思わない。英語を勉強とカウントしていたら、彼らに勝てるわけない。英語は当たり前のもちろんやる。英語が終わったところから勉強だと思っていた
圧倒的に大事なのは、数学
話が分かりやすい は、使っている言葉ではなく、
言葉にする前の情報処理の仕方、
要素の組み立て方が数学的ですっきりしていること
モデル化:物事の仕組みを単純化し、グラフなどで表す
センスや感覚が重要なジャンルであっても
数学が得意だと論理的に説明できる
社会に出てから直面するトラブルを数学的に整理する
トラブルや問題は、言葉で発生する
それを解決していくとき、モデル化し、
単純な解決案を作り、もう一度 言語化する

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