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紀伊国坂、芋洗坂、魚藍坂、於多福坂、帯坂、など
東京都心の坂には、やたらと名前がついている
 
●東京都心の坂に、やたらと名前がついているワケ
江戸時代、寺社や大名屋敷、武家屋敷が多い場所には、
町名がなかった
そこで不便を感じた江戸庶民は、坂に名前を付けて目印とした
 
例えば、
紀伊国坂は、坂の西側に紀州徳川家の屋敷があった
弥之助坂は、池上弥之助さんの家の前だった
芋洗坂は、諸説あるが坂下の朝日稲荷の前で芋が売られていたため
帯坂は、番町皿屋敷で有名なお菊さんに由来。お菊さんが、この坂を髪を振り乱して、帯を引ずって走ったことから
於多福坂は、坂の傾斜がお多福面のようだったから
魚藍坂は、坂の中腹に魚籃寺が存在することから

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東京23区には総務省が決めた順番がある
01:千代田区、02:中央区、03:港区、04:新宿区、
05:文京区、06:台東区、07:墨田区、08:江東区、
09:品川区、10:目黒区、11:大田区、12:世田谷区、
13:渋谷区、14:中野区、15:杉並区、16:豊島区、
17:北区、18:荒川区、19:板橋区、20:練馬区、
21:足立区、22:葛飾区、23江戸川区
 
●東京23区の順番は、渦巻き状になっている
 
千代田区の千代田は、江戸城の別名 千代田城に由来する
幕府は、江戸城を中心にのノ字状に江戸の町を造っていった
 
対し、京都や奈良は、縦横真っすぐの区画(条里制)を採用
しかし条里制で四方八方に広げてしまうと
新しく街を開いた場合、細かく監視の目が届かなくなる
のノ字に町を広げると開拓している部分だけ監視すればよい
1つ1つ確実に街を造っていった、その順番が、現代でも採用されている

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