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節分の豆まきの掛け声は「鬼は外、福は内」だが、
●福島県の二本松市の豆まきの掛け声は「福は内、鬼 外」
そのワケは、江戸時代、二本松藩の殿様の名前に忖度したから
二本松藩の殿様は、ずっと丹羽氏だった
「鬼は外」⇒「おには外」⇒「お丹羽外」となってしまうため
「は」をとって「鬼 外」に変わった
 
●茨城県では「鬼は外、福は内、福の神でぶっちめろ」
「ぶっちめろ」とはこの地域の方言で「追い払え」という意味
 
●宮城県では「福は内、鬼は外、天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせ」
天気がよめたり、水が出る場所をよめたり鬼の目には、特別な力がある
なので鬼をやっつけるときは、まずは目からやっつける
 
●群馬県の鬼石では「福は内、鬼は内」
鬼石では、鬼が投げた石で村ができたという伝説がある
人間にとって良いことをしてくれる鬼もいるから
 
●北海道や東北では、大豆ではなく落花生をまく
雪国では大豆では拾いにくい
より分かりやすい落花生をまいている

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●渡部さんの職業は、船渡しだった
飛鳥時代には、渡部さんがいたと言われている
現在の大阪、摂津国で船渡しをしていた人たちが、名乗った名字が渡部
部は、当時の職業を表す漢字
船渡しの職業を渡部と書き、(わたしのべ)と呼んでいた
次第に、わたしのべ→わたしなべ→わたなべと変化した
船渡しの職業だった人が、その後、名字として名乗るようになった
 
●渡辺は、元々名字ではなく地名だった
平安時代、現在の大阪あたりで船渡しの仕事をしていた渡部さんたちは、
職業柄 皮の近くの集落に住んでいた
そんな渡部さんが住む集落を渡部の辺りと呼んでいた
次第に渡部を辺りを略して、渡辺という地名で呼ぶようになった
 
平安時代中期になると渡辺の地を治めるため源綱が訪れる
渡辺を治ることになった源綱は、渡辺綱と姓を改めた
それまで地名だった渡辺を、名乗ったため最初の渡辺となった
 
当時、京の都の近くには鬼と呼ばれていた盗賊が悪さをしていた
鬼退治に呼ばれた渡辺綱は、見事に鬼を成敗した
この鬼退治伝説は、都周辺に広がった
渡辺綱の活躍が広まるにつれ、渡辺に姓を変える渡部さんが続出
 
その後、鎌倉時代になると船渡しをしていた渡辺さんは、
その技術が買われて各地の権力者に雇われるようになり、
全国に渡辺さんが広まった
 
●他に派生したワタナベの名字は、戸籍を登録するときに役人が書き間違えたモノ

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