伝説の真剣師:小池重明の人生

1947年、愛知県名古屋市で生まれる
父親は健常者でありながら傷痍軍人を装い、
物乞いをしては博打に明け暮れる不定職者
母親は自宅で客をとる娼婦
父親から「男なら博打の一つも憶えておけ」と言われ、小学生で賭けを始める
中学生で将棋に出会い、熱中する
やがて小池はめきめきと将棋の腕を上げ、
のめり込んだ小池は、高校を中退、地元では敵なし
将棋で生計を立てるため、21歳で上京
上野の将棋センターで住み込み従業員として働きながら、将棋の腕を磨いた
連戦連勝で、プロ棋士にまで勝利、プロ棋士になる夢が近づく
しかしキャバレーのホステスに貢ぐお金が足りないので
将棋センターの売り上げに手を付け、将棋センターを出禁となった
小池は、新宿の将棋道場に籍を置き、
裏家業の真剣師となり、賭け将棋で生計を立てるように
「新宿の殺し屋」の異名を持つ凄腕の真剣師として恐れられるようになる
賞金目当てにアマチュア将棋の大会に出場し、見事優勝
真剣師から一転、アマチュア将棋の世界に身を投じた小池は、
1980年から2年連続でアマ名人のタイトルを獲得
角落ちだが、雑誌の企画で大山康晴 十五世名人との対局で圧倒的勝利
ただ小池は対局の前日、酔っぱらって暴行事件を起こし、
対局の場所に留置場から来ていた
この暴行事件を皮切りに、これまでの悪事がバレ、プロへの道は閉ざされた
 
その後、職を転々とし、吐血し、運び込まれた病院で、
繋がっていたチューブを引きちぎり、亡くなった
 
この小池重明に勝ったのが、加藤一二三 九段
加藤一二三を降した藤井聡太は、小池の棋譜を研究していたという

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