●俳句と川柳の違い
どちらも5・7・5の17音だが、俳句の基本ルールは、
1、風景を詠む 2、季語を入れる 3、切れ字を使う
川柳の基本ルールは、1つ。人間を詠むこと
 
平安時代、貴族たちの間で和歌が大流行した
和歌は5・7・5・7・7の31音を一つの首として詠んだもの
和歌の基本ルールは、
1、風景を詠む 2、季語を入れる 3、切れ字を使うと俳句と同じ
室町時代になると、1人で詠む和歌から連歌という遊びが誕生した
連歌とは、数人でリレー形式に詠んでいく和歌
1人目が5・7・5の句を詠み、次の人が前の句を受けて7・7の句を詠み、次の人が前の句を受けて5・7・5の句を詠み、次の人が前の句を受けて7・7の句を詠む
 
江戸時代初期になると連歌が庶民にも広まっていった
貴族から見ると庶民が読む句は、滑稽に見えたため、滑稽という意味を持つ諧に俳をつけて俳諧連歌と呼び、区別した
 
その俳諧連歌から、最初の5・7・5だけを詠む新たな遊びが誕生した
明治時代、その遊びに俳句と名付けたのが、正岡子規
 
川柳は、俳句と同じように俳諧連歌を基に江戸から生まれた
当時の江戸は100万都市で人間ばかり
俳句のように景色を見に行けず、人間観察から生まれた
1765年、柄井川柳が選んだ庶民の句をまとめた句集「誹風柳多留」が発表され、ベストセラーに
川柳の名は広まり、庶民の5・7・5の句を選者である川柳の名をとって川柳と呼ばれている

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江戸川大学:斗鬼正一 教授によると
台所とお勝手は、今でこそ料理をする場所という意味で使われているが、元々、別の意味だった
 
●元々 台所は、料理を盛りつけする場所だった
日本では奈良時代から火を使って調理する場所を「くりや」と呼んでいた
そして中国から、調理をするという意味の「厨」という漢字が入ってきた時に、「くりや」に「厨」の漢字をあてた
平安時代の貴族の屋敷、厨(くりや)で作られた料理は、盛りつけをする台盤所に運んでいた
貴族が使っていた足つきのお膳を台盤と呼び、台盤を並べて盛りつけする場所を台盤所と呼ぶようになった
次第に、台盤所を略して、台所と呼ぶようになった
元々、台所とは、料理を盛りつける場所のことだった
そして台所を仕切る主人の妻のことを丁寧な意味になる「御」をつけて「御台所(みだいどころ)」と呼ぶようになった
室町時代になると厨から台所まで料理を運ぶ手間を省くため、同じ建物の中に造られるようになった
その場所全体を台所と呼ぶようになった
 
●元々 お勝手は、使用人が自由にできる台所のことだった
室町時代になると男性の権力がより強くなり、男社会が色濃くなった
使用人の女性は屋敷の中では自由にできない風潮になっていった
しかし台所だけは使用人の女性が食事をしたり談笑したり男の目を気にせず、唯一自由にできる場所だった
使用人の女性にとって台所は、勝手がきく場所だったため、丁寧語の「お」をつけて「お勝手」と呼ぶようになった
今でも台所にある小さな出入り口を勝手口と呼ぶが、使用人の女性たちが勝手に外に行き来できる出入り口だったので勝手口と呼ぶように

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●レストランの暗い席を好んで座る人は、太りやすい
アメリカ コーネル大学が、27のレストランで3か月間調査を実施
窓際や照明の明るい席に座った人は、
ヘルシーな食事を好む傾向があり、
暗い席や個室の客は重い食事を好む傾向にあった
さらに入り口から離れれば離れるほどサラダを注文する人が減り、
デザートを注文する確率が73%にも上った
 
●6キロ減量するごとに友人が2人減る
イギリスのクーポン券サイトが、
1年半かけ6キロ以上減量した人に生活の変化について調査した
すると81%もの人が、減量中に友人が減ったと回答
さらに失った友人の数は、6キロ減量につき平均2人だった
理由は、痩せたことへの嫉妬や
ライフスタイルや価値観の変化によるモノと考えられている

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1923年、文芸春秋社を創設し、その後、直木賞、芥川賞を制定した
菊池は顔が良いわけではないのに、俺は女も食欲と同じで食い足りてくれば捨てるばかりと思っている、と豪語する超遊び人
妻や娘も暮らす自宅に愛人を住まわせるほど相当な女好きと知られていた
 
●マント事件
1913年(大正2年)東京大学教養学部の前身にあたる第一高等学校の学生だった
このころ、特に親しかったのが、秀才でイケメンの佐野文夫
菊池は、学生時代、佐野に特別な想いを抱いていたという
ある日、女性とデートすることになった佐野は、
超エリートの象徴である学校指定のマントを羽織った
佐野は貧しさから、自分のマントはとっくに質に入れていたが、
デートで格好をつけるためマントを窃盗してきた
「あれ、お前マントは質に入れたんじゃなかったか?」と菊池が聞くと
「同郷の学生から借りてきた」と佐野は嘘をついた
 
デートで使って返しておけばよかったが、佐野は菊池に命じてさらに質屋に入れた
しかし盗まれた被害者が盗難届を出していた
窃盗事件として調べ上げられ、警察から問い詰められた菊池は、佐野を庇った
そのまま身代わり退学となり、菊池は第一高等学校を去る結果となった

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世の中には、何をやっても成果が出る人、
実力があるのに成果が出せない人がいる
●人生は実力よりも勘違いさせる力で決まる
勘違いさせる力とは、錯覚資産のこと
 
実力から成果が出る
→一つの成果によって次を期待され錯覚資産が生まれる
→錯覚資産の底上げによって、環境が整う
→悪い環境にいるよりも良い環境にいる方が
成長しやすく実力につながる
 
林修によると、横を見るとあいつ俺より実力がないのに、
うまくいきやがってと思う時がどの業界でもある
おかしいと言うのではなく、少し視点を変えて
あいつがすごいと思われている錯覚資産は何だろうか?と
考える方が、前向きな姿勢につながる

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●「ぼたもち」と「おはぎ」は全く同じお菓子
和菓子屋は、同じお菓子を、春は、ぼたもち
秋は、おはぎと名を変えて販売されている
お彼岸は、春と秋の年2回
春のお彼岸は、春分の日 前後3日間、計7日間
秋のお彼岸は、秋分の日 前後3日間、計7日間
春のお彼岸には、ぼたもちをお供えし、
秋のお彼岸には、おはぎをお供えする
●春と秋で名を変えた
「ぼたもち」と「おはぎ」の起源は、
江戸時代にまでさかのぼる
仏教では小豆の赤色は、邪気を払う魔除けの色として
縁起の良いモノと考えられてきた
丸めたもち米に小豆のあんこで包んだお菓子を
墓や仏壇にお供えするようになった
春のお彼岸の時期には、牡丹が咲くので
牡丹に見立てて牡丹餅、ぼたもちと呼ばれるように
秋のお彼岸の時期には、萩の花が咲くので
萩の花に見立てて おはぎと呼ばれるようになった

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●和泉と書いて「和」を発音せず「いずみ」と読む理由
奈良時代 713年、第43代 元明天皇が二次佳名の詔という法律を発布
国の名前を二文字に統一しなさいという命令
国づくりの手本としていた中国の都市の名前が、
長安や洛陽など感じに文字の名であったため
もう一つ、二次佳名の詔には決まりごとがあった
縁起の良い字を一文字を使用すること
 
泉国の長は、平和な泉の国がいつまでも続くようにとの願いを込めて、
泉の前に「和」をつけて読みを変えずに「和泉」と国名を変えた
そして国名が変わったことで和泉国に住んでいた泉さんも和泉に名を変えた
泉国は、現在の現在の大阪府南西部にあった
関西地方には、泉、津、倭、木という一文字の国が点在していた
現在の兵庫県のあたりにあった津は、摂津という国名に
現在の奈良県にあった倭は、大和という国名に
現在の和歌山県あたりにあった木は、紀伊という国名に、それぞれ変更した
 
●漢字一文字の泉の苗字は、和泉とは関係がない
和泉の湧くところに住んでいた人が、泉と名乗っただけ

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東京理科大学:川村康文 教授によると
スマホの充電は、電流と電圧の関係で決まる
ケーブルの長さが長くなると電流が低下する
電流が低下する長いケーブルよりも、
短いケーブルの方が、充電が早く完了する
 
●スマホの充電は、3mケーブルよりも30cm~50㎝の方が1時間も充電完了が早い
 
3mのケーブルは、30cm~50㎝のケーブルよりも
充電完了まで1時間くらい遅い
70㎝のリールタイプのケーブルは、充電完了まで2時間以上遅い
リールタイプは、ケーブルが細いため、電流がさらに低下する

(4)

浜松町ハマサイトクリニック:吉形玲実によると
●豆乳を飲んでもバストアップは期待できない
 
大豆イソフラボンが体の中に入ると
エクオール産生菌という女性ホルモンと似た働きの成分が作られる
 
しかしエクオール産生菌は、女性ホルモン的な働きで
乳腺に行かないのでバストアップは期待できない
 
ただ女性に嬉しい美肌や美髪効果は、認められている

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東京都市大学:早坂信哉 教授によると
●お風呂のおもちゃの汚さは、公共トイレの床と同等
 
お風呂のおもちゃには、公共のトイレの床と同じ細菌が繁殖している恐れがある
スイスの研究チームの発表では、
お風呂で11週間使用したおもちゃの内部には、
1c㎡あたり最大7500万個の細菌細胞が検出された
そのおもちゃとは、中が空洞になっていて水鉄砲のように遊べるタイプ
中に水が溜まってしまうため、細菌が繁殖しやすい
特にレジオネラ菌が危険
小さい水の粒になって空気中を漂い、
それを吸い込むことによって命にかかわる重大な肺炎になる
 
使用後は、中の水を完全に抜き、沸騰したお湯につけ消毒したほうが良い

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