細菌学の研究に従事し、黄熱病や梅毒の研究で知られる野口英世
実は、野口英世の元々の名前は、野口清作
 
●野口清作が英世に改名したワケ
坪内逍遥の流行小説「当世書生気質」と出会ったことがきっかけとなった
その本を読んで野口は驚いた
その内容は、田舎から出てきた秀才の医学生が、
女と酒にハマり、自堕落な生活を送るというもの
その主人公の名前が、野々口精作
さらに小説の精作は、最期 自暴自棄になって自殺してしまう
 
まるで自分の末路を書かれているようで怖くなった
野口はこの小説の主人公と無関係であることを示すために改名を決意した
 
しかし簡単に改名を認められない時代
改名を許された条件が、同じ村に同じ名前の者がいる場合
そこで野口は、たまたま同じ村で生まれた清作という赤ん坊を探し出し、
強引に野口家の養子縁組をした
こうして同じ村に2人の野口清作が誕生させ、役所に訴え、英世に改名した

(1)

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●カレンダーの土曜日が青色になった理由
 
1973年、第一次石油ショック
原油価格の高騰でスーパーから
トイレットペーパーが無くなるなど大混乱になった
節約しないといけないとの機運から、
企業が使う資源が減るなど週休2日が採用
 
土曜日が休みになるため、カレンダーの色を変えることに
カラー印刷が使っているのは、黒、赤、青、黄の4原色
黒は平日、赤は日曜日と祝日
黄色は、ボヤっとしてよく見えない
かけ合わせると印刷のズレで不備が出る恐れがある
結局、カレンダーの土曜日は、消去法で青になった

(2)

●人間の脳データを機械に移す研究が進められている
東京大学 大学院 渡辺正峰がドイツで研究を主導している
今見えている世界、その感覚をそのまま機械に移植する
移植された後は、生きているときに感じた視覚、聴覚もそのまま
脳や体が無くなっても機械の中で生きている状態を目指している
脳とコンピューターを接続し、継続的にリンクさせ、
その間の記憶だけでなく視覚、聴覚などの感覚、
感情、意思決定などの意識も移植する
猿で実現できる目途が、10~15年
人間で試すのが、早くて20年
 
渡辺によると
●僕らは死んでしまう最後の世代と言われている
いずれ人間は死なない未来が来る
それは肉体的に死んでも機械の中で生きていて死なない状態

(36)

山手線 池袋駅は、元々何もない鉄道を分岐する信号所だった
明治36年、町の発展により駅へ昇格した
 
●池袋の地名の由来は、袋のような丸い池がたくさんあったから
 
池袋村は、現在の池袋駅よりも北側にあり、袋の形をした池がたくさんあった
この辺りは、窪地だったため、水が沸き、
池が極めて多かったことから、そのまま地名となったと考えられている
 
ホテルメトロポリタンの前にある元池袋史跡公園に、
池袋の由来となったとされる池と川があった
昭和初期まで農業用水として利用されていたが、
都市開発により川は地下を流れる暗渠となっている

(0)

●おでんのルーツは、味噌田楽
串に刺した豆腐に味噌を塗って焼く味噌田楽
そこに宮中に使えた女性たちの丁寧語である「お」をつけて、
「おでんがく」となり、さらに「おでん」と呼ばれるようになった
 
●せっかちだった江戸っ子のおかげ
味噌を塗ってから焼く旧式のおでんは、手間がかかる
煮込むおでんの場合、具材を入れて煮込むだけで手間がかからない
煮込むおでんも串に刺さっているので、食べるのに手軽
江戸中期に濃口醤油が登場したことで調味料が発展
おでんは、瞬く間に江戸っ子たちに大人気となった
 
●全国におでんが広まった理由は、関東大震災
大正12年に起きた関東大震災
震災後、全国から復興支援の人々が東京に集まった
江戸っ子は、自分らが食糧難であったにもかかわらず、
復興支援に来た人たちにおでんを振舞った
美味しさと手軽さに感動した復興支援者は、各地に持ち帰って
全国に煮込み式おでんが広まった

(1)

●イチゴの食べる部分は、実ではなく茎
茎の先端が膨れて変形したのが、イチゴの食べている部分
イチゴの実は、ツブ
ツブの中に種がある
 
●イチゴを食べると虫歯予防効果がある
イチゴには、キシリトールが豊富に含まれており、虫歯予防効果がある
 
北九州工業高等専門学校:川原浩治によると
●イチゴを食べると花粉症が改善する
イチゴに含まれる酵素が働いて花粉症のアレルギーの
引き金となる原因物質が減少することが分かった

(2)

●赤さではなくツヤのあるイチゴの方が甘い
イチゴは、赤くても熟しているとは限らない
イチゴの赤色は、ポリフェノールの一種であるアントシアニン
主に抗酸化作用があるが、甘さとは全く関係ない
収穫した時点で甘みは止まるが、
色づきだけは進むので熟さなくても真っ赤になることもある
ツヤのあるイチゴは、みずみずしく、中まで熟している証拠
 
●先が平たいイチゴの方が甘い
イチゴは先に行くにしたがって糖度が高くなる
ヘタと比べると糖度は2、3倍違う
先が大きいほど甘い箇所が多くなる
 
●イチゴのツブの間が離れている方が、熟している
ツブが離れているのは、熟して実がパンパンの証拠
熟せば熟すほど内側が膨らみ、
ツブが表面に食い込み、イチゴに張りが出る
 
●産毛が際立つイチゴは、新鮮な証拠

(2)

現在は、俳優も役者も一般的には同じ意味だが、
そもそもの語源は全く違う
 
●俳優は、奈良時代以前から使われている言葉
奈良時代に完成した日本書紀に俳優は記されている
当時は、「はいゆう」ではなく「わざおぎ」と呼ばれていた
「わざおぎ」とは、神事として魔除けや
豊作を願うために歌や踊りによって神様を喜ばせること
俳優には、現在の意味のような何かを演じるという意味は含まれていなかった
 
●役者は、室町時代から使われるようになった
室町時代以降、能や狂言が誕生し、
役をもらって演じる人を役者と呼ぶようになった
江戸時代になると物語を演じる役者が、
演目の中で歌や踊りも披露するようになったので、
いつしか俳優と役者の意味が混同してしまった

(6)

●渡部さんの職業は、船渡しだった
飛鳥時代には、渡部さんがいたと言われている
現在の大阪、摂津国で船渡しをしていた人たちが、名乗った名字が渡部
部は、当時の職業を表す漢字
船渡しの職業を渡部と書き、(わたしのべ)と呼んでいた
次第に、わたしのべ→わたしなべ→わたなべと変化した
船渡しの職業だった人が、その後、名字として名乗るようになった
 
●渡辺は、元々名字ではなく地名だった
平安時代、現在の大阪あたりで船渡しの仕事をしていた渡部さんたちは、
職業柄 皮の近くの集落に住んでいた
そんな渡部さんが住む集落を渡部の辺りと呼んでいた
次第に渡部を辺りを略して、渡辺という地名で呼ぶようになった
 
平安時代中期になると渡辺の地を治めるため源綱が訪れる
渡辺を治ることになった源綱は、渡辺綱と姓を改めた
それまで地名だった渡辺を、名乗ったため最初の渡辺となった
 
当時、京の都の近くには鬼と呼ばれていた盗賊が悪さをしていた
鬼退治に呼ばれた渡辺綱は、見事に鬼を成敗した
この鬼退治伝説は、都周辺に広がった
渡辺綱の活躍が広まるにつれ、渡辺に姓を変える渡部さんが続出
 
その後、鎌倉時代になると船渡しをしていた渡辺さんは、
その技術が買われて各地の権力者に雇われるようになり、
全国に渡辺さんが広まった
 
●他に派生したワタナベの名字は、戸籍を登録するときに役人が書き間違えたモノ

(1)

●元々 大阪は大坂だった
現在の大阪府のあたりが、
オオサカと呼ばれるようになったのは室町時代後期
当時の摂津に、浄土真宗の僧侶 蓮如が寺を建てた
近くに大きな坂がある寺だったので、
寺を意味する御坊をつけて、大坂御坊と名付けられた
 
その後、安土桃山時代になると天下統一した豊臣秀吉が、
大坂御坊の跡地に城を建てた
それが大阪城
現在は、コザトヘンの大阪城だが、江戸時代までは大坂城だった
そして次第に大坂城周辺の地域のことを大坂と表記するようになった
 
江戸時代後期になると、ツチヘンの大坂が縁起が悪いと
コザトヘンの大阪に変えていくようになった
坂を分解すると土反→土にかえる、と言い、
武士が、死を連想させると縁起が悪いとした
坂と同じ意味を持つ阪に変える風潮となり、
明治時代になると正式に大阪の阪がコザトヘンになった

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