愛人は、本来 愛する人、配偶者を意味する良いイメージの言葉だった
1955年に出版された初版の広辞苑には、人を愛すること、恋人と良いイメージで書かれている
 
●愛人という言葉は、太宰治が書いた1文がきっかけで、真逆のイメージで使われるようになった
 
1947年に出版された「斜陽」は、ベストセラーとなった
太宰が38歳の時に執筆した斜陽は、当時妻がいながらも4歳下のしず子と不倫していた太宰がモデルと言われている
貴族階級の出であるかず子が既婚の小説家である上原との不倫関係を描いた小説
不倫で悩むかず子が、なかなか会えない上原に宛てた手紙に、“私はおメカケ この言葉言いたくなくてたまらないのですけど でも愛人と言ってみたところで俗に言えば おメカケに違いなのですから”
おメカケとは、正妻ではない妻、不倫相手であることを表している
かず子は、おメカケとは言いたくないので、当時まだ良いイメージだった愛人という言葉を使った
この1文によって、愛人が不倫相手のイメージで浸透してしまう
 
その後、他の文豪たちも愛人=不倫相手と好んで使うようになる
1970年代になると新聞記者が文豪を真似て、愛人=不倫相手を見出して使うように
1080年代、テレサ・テンの「愛人」が大ヒット
1991年、第4版の広辞苑には、情婦、情夫という解説が追加された

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●クロワッサンは戦争がきっかけで誕生
1683年、オスマン帝国の大規模なヨーロッパ進撃作戦、第二次ウィーン包囲
オーストリアの首都ウィーンを大軍で攻撃したが、失敗し、包囲戦が長期化
最後は中央ヨーロッパ諸国連合軍が包囲を打ち破った
その戦争の勝利を記念して、町のパン屋が
トルコ国旗の意匠である三日月を象ったパンを作った
 
ちなみにウィーンのユダヤ人パン職人が
王へ感謝のしるしに馬のあぶみを象ったパンを献上したのが、ベーグルの始まり
 
1700年代後半にオーストリアのマリー・アントワネットが、
フランスのルイ16世に嫁ぐ際、三日月形のパンを持ち込んだ
フランス語で三日月を意味するクロワッサンと名付けられ、フランス中で流行した
 
●まっすぐなクロワッサンが誕生したワケ
三日月形のクロワッサンが流行した頃は、安いマーガリンを使用していた
高級なバターを使ったクロワッサンが作られた際、
安いマーガリンを使用した三日月形のクロワッサンと
差別化するためにまっすぐなクロワッサンにした

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●日本のポテトサラダのルーツは、ロシア料理のオリヴェエサラダ
 
角切りにしたジャガイモと肉や野菜を
マヨネーズを和えたロシアの伝統料理オリヴェエサラダが
日本のポテトサラダによく似ている
明治時代、ポテトを使うサラダと紹介されたため
日本ではポテトサラダという名になったと考えられている
ロシアのオリヴェエサラダを再現し、日本独特のポテトサラダが完成した
 
明治時代、料理学校で使われていた教科書には、ポテトーサラドの名で掲載
“馬鈴薯をマヨナイスと混ぜて用いる”と説明されている

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●東京の中野は昔、巨大な犬小屋だった
 
それを作ったのは、江戸幕府 5代将軍 徳川綱吉
鳥類憐みの令により江戸の町に野良犬が激増
街にあふれた犬を集め、多い時には10万頭を飼育
その飼育にかかる費用が、約100億円
犬小屋があった範囲は、
中野ブロードウェイを中心とした中野駅から高円寺周辺まで約30万坪
 
東京都中野区囲町は、犬を囲っていたことからつけられた地名

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広さは、東京ドーム 約11個分
東京都民の憩いの場として1971年に開園した代々木公園
●代々木公園は昔、東京オリンピックの選手村だった
 
敷地内には、選手の宿舎が200棟以上あった
世界93か国から集まった約6000人が泊まった
1964年の東京オリンピック開催にあたり
明治神宮周辺にある会場へのアクセスの良さから選手村として使われた
 
そもそも江戸時代には、大名や旗本らの下屋敷などが点在していた
明治維新後は民有地となり、一面の茶畑や桑畑に変わった
その後、大日本帝国陸軍の代々木練兵場
戦後、米軍の住宅地ワシントンハイツとして使用されていた

(4)

●上野公園の不忍池は昔、競馬場だった
馬が走るコースが、現在の池の周りの道
明治17年、第1回のレースが開催された
出場者は、武者姿
ギャンブルではなく市民の娯楽として人気を博した
コース沿いには、馬見所という観客席が設けられていた
上野公園は、最新西洋文化を
お披露目するイベント会場としての顔を持っていた
明治40年には、万博も開かれ、
ウォータースライダーが設置されたこともあった
 
●浅草の雷門は昔、凱旋門だった
かつてナポレオンがロシアとの戦いに勝利した時、パリに建てた凱旋門
それに習い、1905年、日露戦争の勝利を記念して浅草に凱旋門を建てた
当時 戦争に強い国を目指していた日本は、
浅草だけでなく日本中に凱旋門を建設した

(8)

●香典の香は、線香を意味する
仏教では、死者は線香の香りを食べると考えられている
 
それは4~5世紀の北インドの高名な僧侶 世親の俱舎論にある
そこには、人は死後生まれ変わるまでの
四十九日の間、香を食す、と記述されている
 
線香は、高級品であったため香典は元来 米や野菜が一般的だった
それがお金で渡すようになったのは、明治以降
香典を渡すのは、亡くなった方の食べ物をお供えするということ

(1)

困る、もてあますという意味の、てこずる
●てこずるとは、梃子から生まれた言葉
重いものを動かそうと梃子を使うも
ズレてしまい、動かない様子から生まれた江戸時代の流行語
梃子がズレる→てこずるとなった
 
●同じ穴のむじなの「むじな」とは、アナグマのこと
同じ穴のむじなとは、
一見関係がなさそうに見えて実は同類であることの例え
むじな=アナグマ
アナグマは、タヌキと同じ穴に住むこともあるから

(1)

●デマの語源は、デマカセではなくデマゴギー
デマゴギーとは、ドイツの政治用語
意図的なウソの情報や悪宣伝という意味
事実と分かっていながら相手の印象を悪くする情報を流すのがデマ
 
●ガセの語源は、お騒がせ
本当なのかどうか分からない噂話で周りを騒がせている
 
●ホラの語源は、ほら貝
ほら貝を拭くと、見た目以上に大きな音を出す
そこから大げさなことを言う意味でも使われるようになった

(5)

●高齢者をシルバーと呼ぶようになったワケ
 
それは電車の優先席で最初に使われた生地が銀色だったから
優先席が初めて設けられたのは、1973年
その際、藍色の普通席と区別しやすいように色分けされた
最初に使われたのが、当時余っていた銀色の布
そのためその席をシルバーシートと名付けられた
 
全国的な普及につれ、シルバー自体が、
高齢者という意味で広く認識されるようになった

(3)

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