華厳の滝と夏目漱石

かつては、自殺の名所と呼ばれていた

 

1903年、東京大学の前身である第一高等学校の学生:藤村操は、遺書を残して華厳の滝から身を投げた

遺書は身の投げる前の木に彫られていた

“巌頭之感 この世の全てのものの真相は「不可解」である。僕はこの想いに悩み苦しみ、ついに自ら死を選ぶことを決意した。滝の岩の上に立った今、私の胸の中には何の不安もない。”

将来に何の不安もないエリート学生が将来に思い悩み自殺した藤村の自殺は、

将来に不安を抱く学生の多くが共感し、後追い自殺が増え、社会現象となった

それらの自殺によって藤村の彫った遺書を見ると自殺したくなるとまで噂され、たくさんの人に影響を与える

 

夏目漱石は藤村が通う第一高等学校の英語の先生だった

藤村が疾走する数日前、宿題を持ってこなかった藤村に厳しく叱責した

その罪悪感からか、夏目漱石の作品には華厳の滝がたびたび登場する

「吾輩は猫である」には、“「打っちゃって置くと巌頭の吟でも書いて華厳の滝から飛び込むかも知れない”と書かれている

この事件の影響で、夏目漱石は病んでしまったと言われている

 

余りに多くの自殺を生んだ藤村の遺書が彫られた木は、政府によって伐採された

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